第94話 盟友

 一日の疲れを癒やすため、百合花は共用の大浴場へとやって来ていた。

 ちなみに、今日は全学年が同じ時間に入ることを許されている。そのため、仲の良い先輩後輩の関係性の生徒たちが多く見えた。

 百合花は一人だったのだが、脱衣所で服を脱いでいると背後から腕が伸びてきて、豊かな胸が持ち上げられた。


「乙女の武器としてはあまりに凶悪! やっぱりずるいわよこんなの! 胸囲の格差社会だぁぁぁぁ!」

「ちょ! 上手いこと言ってないで離しましょう? 百合花さんがすっごい顔に……」


 笑顔で拳を握り固める百合花を見て怖がっている瑞菜と、平気とばかりに百合花の胸を揉み続ける杏華。

 百合花は、笑顔のまま無言で杏華の頭に拳骨を落とした。

 ゴツンと鈍い音が響き、涙目になった杏華が頭を押さえて後ずさる。


「いひゃい……」

「ふざけたことした罰よ。反省しなさい」

「だから言ったのに……あ、私は無関係ですからね」


 叩かれては困ると慌てて無実を主張する瑞菜に、少しおかしくなって笑ってしまう。

 それから、百合花は浴室の一角を指さしてため息を吐いた。


「杏華見なさい。うちにはこわーい人がいるから、ここで不必要におっぱいを触らない方がいいわ」

「へ?」


 杏華が指摘された方を見ると、そこには、俗に言う大人の玩具を前にして正座している二年生と三年生の女子生徒の姿と、笑顔で黒い圧を醸し出す生徒会長の夢、そして般若の如き形相をした風紀委員長の姿があった。

 寮の自室ではなくこういった共用のスペースで情事に及ぼうとすると、たちまち風紀委員がすっ飛んできてお説教からの反省文がお決まりの流れだった。

 しかも、風紀委員ならまだ優しいが、風紀委員長に見つかった日には地獄である。

 そんなことを杏華に聞かせてやると、杏華も一緒になって聞いていた瑞菜も完全に震え上がっていた。


「こ、今度から百合花のおっぱいを堪能するときは部屋にお邪魔してからにする……」

「分かればよろし……反省が足りてないわね?」

「そんなことない! 我が謝意が伝わらぬというのであれば、今この場で腹を切ってお詫び申しあげ……」

「そこ! 何を物騒なことを言ってるの!」


 風紀委員長に注意された瞬間、杏華が縮こまったのには百合花が声を押し殺して大笑いをした。

 大人しくなった杏華を連れて、瑞菜も一緒に体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。

 体の芯まで温まるお湯に極楽気分を味わっていると、瑞菜が百合花と肩を触れ合わせた。反対側の肩には杏華が頭を乗せる。


「富士での戦闘お疲れ様でした。改めて百合花さんの強さを実感できましたよ」

「我が盟友の強さに陰りなし。ファーヴニルである程度分かっていたけど、さすがの一言ね」

「ありがとう。でも、私だけの力じゃない。皆の……樹の力があってこその勝利だと思ってるよ」


 自分の指を包み込むように握るその姿は、まさに恋する乙女そのものだなと微笑ましい気分で祝福できる。

 そこで、杏華は瑞菜に話を振った。


「瑞菜はどうなのよ。貴女の魂で繋がりし盟友は一体誰なのかしら?」

「あ、それ私も少し気になるかも」

「私ですか? そうですね……」


 足を伸ばし、自分にとって誰が一番の支えになっているかを考えてみる。

 そうなると、不思議と一人の顔が浮かんできて、まさかと首を振って微笑むが、彼女がそうなんだろうと頬をわずかに紅潮させて答える。


「おかしな話ですね。いつも面倒をかけられているのに、どうしてか心愛の顔が出てきます」

「へぇ、なんだか少し意外」

「でも二人の関係は私は好きだよ。互いに支え合ってるみたいで」

「私もビックリしてます。確かに、戦闘では心愛を頼ってますし、普段の生活では私がいろいろと世話を焼いてますね。……それで、そういう杏華さんは、どうなんですか?」

「我が盟友は百合花以外になし! ……と、言いたいところだけど、残念ながら百合花には他に心に決めた相手がいるからね」


 指を絡めて腕を伸ばし、百合花に預ける体重を増やして目を閉じる。


「聖蘭では何かと綾埜に助けてもらうことが多いかな。彼女が私の盟友……違うわね。綾埜が私の相棒よ」

「相棒……素敵な響きです!」

「分かる!? いいわよね!」

「通じ合っちゃったよ」


 瑞菜にもそっちの気があるようで、年頃の少女には格好いいワードに惹かれる何かがあるのかと考える。

 ただ、それぞれ心で想うパートナーと呼べる人物がいるのはいいことだ。

 残酷な世界でのパートナーの存在は大きい。生きる活力に直結するだけでなく、互いを守るためにそれぞれが普段以上の力を発揮できる。

 その最もたる技が西園寺のコネクトなのだ。


「いいものね、背中を預け合える盟友って」

「お? 百合花もついに深淵へと足を踏み入れようというのね!」

「多分そんな予定はないしあったとしてもまだ先だから」


 ブーッと倒れかかるようにして杏華が抗議する。

 百合花と瑞菜で杏華を支えながら、三人で笑い合った。

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