第95話 厄災への序曲
お台場にある自然公園で。
ヘイムダルの角笛による警告を受け、自衛隊のワルキューレ部隊がホロゥの対処に当たっていた。
出現予測だと中型が二体という、四人いれば余裕で片が付く相手。
しかしその予想は、途中で乱入してきた敵によってあっさりと裏切られる結果となってしまった。
「なんなのこいつ……どこから湧いて出た……?」
わずかに息を乱しながら、西園寺神子が訝しげに呟いた。
彼女の目の前には、クリオネのような姿形をした小型のホロゥがいる。全身がわずかに朱で染まっているのは、多くの人を殺害したからなのだろう。
突如襲ってきたこのクリオネ型ホロゥにより、中型ホロゥ二体はあっさりと駆逐された。それだけに留まらず、クリオネは自衛隊のワルキューレもさらに二人殺害したのだ。
緊急事態だとして神子は即座に一人を逃がし、自分はその場に留まって動向を注視している。
しかし、神子に襲いかかると思われたクリオネは、それを無視して仕留めたホロゥとワルキューレの体を掴んで食事を始めたという状況だ。
ホロゥの体とワルキューレの体を一緒に食べているその姿はあまりにも冒涜的で、悍ましさを全面に押し出していた。
「ヘイムダルの角笛による警告がなかった……まさか、特型種?」
ステルス性を持ち、レーダーに映らない特型は過去に確認されている。
しかし、それでもヘイムダルの角笛は出現を感知し、事前に警告していた。ステルスとはまた違う異質な性質を感じさせる。
「ヘイムダルをすり抜ける個体だとしたら……面倒極まりないわね」
こんなのが多数出てくると、ヘイムダルの角笛がなかった時代に逆行だ。事前警告がない分被害が拡大する。
散らばっていたホロゥの残骸とワルキューレの亡骸を食い尽くしたホロゥが奇声を発した。
体の向きを神子に変え、頭の触手を揺らめかせて戦闘の構えを見せる。
「くるか! ここで倒さなくちゃ!」
こいつを活動限界で逃がすと危険すぎると、神子の本能が訴えかけていた。
クリオネが触手を近くの木に突き刺し、一気に縮めて爆発的な加速を見せた。
突進攻撃をすんでの所で回避し、反撃に刃を振るう。
が、クリオネも反応速度が早い。
触手を一本犠牲にして攻撃をいなすと、さらにそこからカウンターを合わせるように体当たりを仕掛けたのだ。
即座にアサルトの形状を盾に変形させて防御すると、クリオネの口が神子のアサルトへと食らいつく。
血と腐肉の死臭に顔をしかめながら、神子がクリオネを蹴り上げた。
フラッシュグレネードで牽制しつつ、アサルトの形状を剣に戻して距離を取る。
朱雀戦以来感じることがなかった死の気配に、背筋を冷や汗が伝う。
「分かってはいたけど……こいつ、強い……っ」
小型のホロゥとしてはトップクラスの戦闘能力を有している。少しでも油断すると次の瞬間には殺されているだろう。
と、クリオネが動きを変えた。
口を開き、触手を束ねていくと、火球のようなものが形成されていく。
「もしかしたらと思っていたけどこいつやっぱりタイラント種ね!?」
クリオネが火球を発射した。
神子が攻撃を避けると、火球は背後の芝生に着弾した。一帯を吹き飛ばす爆発に神子が驚く。
そのわずかな隙を突いてクリオネが再度突進攻撃を仕掛けた。
触手でアサルトを弾き飛ばし、残る触手で神子の体を巻き取って大口を開けてかぶりつこうとしている。
「しま……っ」
クリオネの牙が神子の体を抉ろうとしていて――、
「神子! 頭下げて!」
声が聞こえると同時にその指示に従うと、砲声が轟いて弾丸がクリオネの触手を撃ち抜いた。
痛みで神子を放り出したため、すぐにアサルトを拾い上げて反撃の一撃を叩き込む。
神子から距離を開けたクリオネが威嚇するように唸り声を発していた。
「あっぶな……助かったよ三奈」
「間に合ってよかった。でも、神子を追い詰めるなんてこいつ何?」
神子の隣に降り立った三奈と呼ばれた女性は、ワルキューレ部隊の副隊長だ。
二人を一体で相手するのはさすがに分が悪いと判断したのか、徐々にクリオネが後方へと下がり始める。
神子たちとしても、正直なことを言えばこれ以上の戦闘は望んでいなかった。最悪、二人で挑んでも互角になれば目も当てられない。
充分な距離を確保したクリオネは、最後に一際大きな奇声を発すると勢いよく飛んで逃げていった。
気配が完全に消え、二人がアサルトを下ろす。
「撤退したか」
「助かった。あれはマジでヤバい」
異質な力を持つ未確認ホロゥに対して警戒度合いを高める。
と、ここで神子がクリオネが逃げた方角を睨む。
「この方角は確か……鎌倉、百合ヶ咲学園があったわよね?」
「え? ……そうね」
「……一応、百合ヶ咲の校長に情報共有しておいてくれる?」
「どうして? これだけ派手に暴れたらエネルギーも枯渇して活動限界で消えるでしょ」
「……念のためよ」
あのホロゥにはまだ何かある。
第六感のような不気味な感覚が、神子から離れることは無かった。
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