第87話 城島優衣

 避難所を破壊し、多くの人を炎の中に消したドラガンゼイドが大きく咆哮した。

 正体不明の化け物に百合花たちが呆然とする。ファーヴニルすらも容易く撃破する怪物に対し、どのような手段を取ればいいのか分からなかった。

 あれはアサルトによるデュエルを挑んでもまともにやってはまず勝てない。体格差がありすぎる。

 コネクトなどを使えばまだ可能性はあるかもしれないが、百合花と杏華のリンクでは力が足りないかもしれない。樹を含めた三人によるリンクなら届くとは思うのだが、樹のアサルトは壊れてしまっている。コネクトは使えない。

 取り急ぎ、人のいない場所への誘導と遅滞戦闘だけでも優先させ、正体は後から探ろうと考えた。

 と、そこに二人の人物が合流する。


「皆大丈夫!? ……って! 百合花ちゃん平気!?」

「すごい血が……! どうしたの?」

「彩花様! 彩葉様!」


 彩花と彩葉が百合花たちに合流した。

 それと、もう一人。晃偉が膝から崩れ落ちるようにドラガンゼイドを眺めている。


「あぁ……そんなバカな……なんでこんなことに……」

「彩花様、その方は?」

「私の叔父。……あれを作った主任研究員だよ」

「っ! あれはやっぱり人工物……!」

「もう……もうやめてくれ……優衣……っ!」


 ドラガンゼイドの周囲にエネルギーで構成された花が咲く。

 赤黒い線が走るユリの花弁からは、赤紫色のビーム攻撃が放たれてさらに広範囲の市街をなぎ払った。至る所で大きな爆発が起きる。

 暴走状態のドラガンゼイドに打てる手はなく、涙目になって見つめることしかできない。


「ユリの花……優衣が好きだった……今も家の庭で咲いているんだ……! 頼む……もう、優衣を穢さないでくれ……!」

「叔父さん……そこまで……」

「私は……こんなことがしたかったわけじゃ……! ただ……もう優衣のような……私のように……大切な娘を喪う者がいなくなるようにって……」

「……彩花様。あれは?」

「対ホロゥ決戦兵器、ドラガンゼイド。私たちワルキューレに代わる戦力として開発されていたんだけど、エネルギーにホロゥ由来のものを使ったのが悪かったんでしょうね。ご覧の通り完全に暴走中」

「【Project・Drake】は……私の全てを注ぎ込んだ希望が……」


 項垂れる晃偉を彩葉が支えて顔を上げさせた。

 アサルトを強く持ち直し、彩花が晃偉に真っ直ぐ視線を合わせる。


「叔父さん。……辛いと思うけど、答えて。ドラガンゼイドの弱点はどこ?」

「……ッ! それ、は……セントラルコアだ。そこを破壊すれば、連鎖的に全回路がショートして爆発崩壊する。だが……」


 涙を流し、拳を地面に叩きつけた。血が滲むまで何度も打ち続ける。

 彩花は事前に聞いていたため、その気持ちが良く分かる。だが、百合花たちにとってはどうして答えを渋る必要があるのかまだ分かっていない。

 それも、続く言葉ですぐに理解した。


「セントラルコアには優衣のアストラルコードがあるんだ! 私はできない……優衣を二回も殺すことなんてできないんだよ!!」

「どういう……!?」

「優衣ちゃんって、ワルキューレがいたの。舞鶴迎撃戦で戦死しちゃったけど、彼女の精神を再現したアストラルコードと呼ばれるものは残っていた。それを、ドラガンゼイドの制御を完璧にするためにセントラルコアに接続した。そうだよね?」

「その通りだ。でも、結局は制御に失敗した……私のせいだ……」


 晃偉が泣きながらドラガンゼイドを見る。

 天を貫くビームを放射し、周囲の建物を一つ残らず粉砕している。


「結果的に優衣を苦しめてしまっている。私は、優衣がいなくなってしまった現実を受け入れられずに……それでいつまでも話せるようにと……」

「そんなことって……」

「分かってるんだ。いけないことだったと。だが……あれは紛れもない優衣そのものだったんだ! そんな優衣をもう一度殺すなんてできるものか! セントラルコアの場所までは教えられないッ!!」


 痛いほどに気持ちは分かる。

 だが、それでも現実と向き合わなくてはならない時はやって来る。大切なものを喪って、けれどもそれを乗り越えた先に未来はある。

 晃偉だけじゃない。ここにいる誰もが大事なものをなくしている。それでも立ち止まらずにここまでやって来た。

 言葉はきついが、いつまでも死んだ人に――過去に縛られてはいけない。忘れてはいけないが、しっかり受け止めて前を向くことが成長なのだ。

 これ以上今を生きている人の犠牲は見過ごせない。

 今ある手札でドラガンゼイドを止めるため、まだ戦える面々がアサルトを見直した。わずかな勝ち目を拾いに行く。


「武装だけでも破壊しようか」

「見たかもしれないけどドローンを搭載している。空中からの射撃には気をつけてね」


 先行して彩花と百合花が一歩を踏み出すと、晃偉が慌てて二人の前に飛びだした。

 額を地面に擦りつけ、必死になって懇願する。


「待ってくれ頼む! これは人道に反することだとは理解している! でも! どうかお願いだ彩花くん! 百合花くん! 優衣を殺さないでくれ!!」

「そんなこと言ってる場合じゃ……」


 思わず彩花が晃偉を押しのけようとしたその時、彩葉の端末に通知があった。メールが送られてきている。

 表題を確認した彩葉が目を見開いた。端末を思わず落としてしまうが、すぐに我に返ると拾い上げる。

 なんなのか気になる百合花たちに、彩葉が涙を浮かべてメールを見せる。


「今届いたメール。差出人は……ドラガンゼイドのセントラルコア」

「っ! 優衣!」


 奪い取るように晃偉が端末を手にした。

 直前に彩葉が全員の端末へ共有するようにしていたため、それぞれが自分の端末で内容を確認する。

 最後まで読んだ晃偉がまたしても泣き出す。他にも、静香やアイリーンまでもが言葉を失い涙を流していた。


『お父さんへ。優衣です。ごめんね、お父さんよりも先に死んじゃって。私のせいでお母さんとも別れることになって本当にごめんなさい。……私ね、これまでずっと幸せだったんだよ。お父さんは私のことを気にかけてくれる。誕生日をお祝いしてくれる。いろんなことを話してくれる。それが何よりも嬉しかった。私、お父さんの子供で良かったって心から思っているよ。……だからね、もういいの。もう充分幸せを感じることができたよ。だから、もう終わらせてほしい。ゆっくり眠らせてほしい。私が守りたかった人たちの悲鳴がとても辛い。苦しい。お父さん、彩花ちャン……彩ハチゃん……私ヲコロシて。まだ、私のイシキガ少しデも残っテイルうちに……オネガイ……! パパ……タスケテ……!』


 あまりにも壮絶な内容に黙り込んでしまう。

 百合花はこの優衣という少女がどんな人物だったのか知らない。だが、鮮明に人物像を思い浮かべることができた。

 と、そんなことを思っていると晃偉の口が震えながら動く。


「――だ」

「え?」

「左の胸部……三門マグナムマシンガンの奥が……セントラルコアの場所だ」

「……っ!」

「過去のデータは確認している。夜叉を討ったあの時のコネクトと同じ出力であれば、胸部装甲とコアの破壊は……できるはずだ……っ! 優衣を……あの子を助けてあげてほしい……っ! 頼む……っ」


 辛い現実を乗り越えようとしている。

 ならば、その思いには応えなくてはならない。それが百合花たちのなすべきことだ。

 アサルトを握り、ドラガンゼイドへ挑む覚悟を決める。

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