第68話 リリカルバースト

 宮子と百合花が並んで仕掛ける。

 ドラグーンの懐深くに潜り込み、腕が届かない位置でひたすらにアサルトを振り続けた。少しずつ、けれど確実にダメージは蓄積している。

 体を削る敵の排除ができないドラグーンが苛立つ。

 自傷覚悟で爪の先に火球を作り出した。それを、胸付近で攻撃を続ける百合花たちへと発射する。

 二人がアサルトをぶつけ合い、反動を利用して離脱した。火球がドラグーンの胸に当たり爆ぜる。

 その間に攻撃準備を終えていた樹がアサルトを握る手に力を込めた。

 目を見開き、深く息を吸ってドラグーンへと無数の斬撃を放つ。

 幾重にも重なった無数の斬撃にはさすがにたまらないと判断したのか、ドラグーンは体の正面で腕を重ねて被害を最小限に留めた。両腕の装甲は削れるが、肝心の胴体への一撃は決まらない。


「嘘ッ!?」

「こいつやっぱり高い知性があるね……」


 苦虫を噛み潰したように彩花が引く。

 杏華からの射撃が届くが、それも発射の光を見てギリギリ防御を間に合わせたドラグーンには大したダメージが通らない。


「さて、どうしたものか」

「ぐっ……そろそろ……キツいかも……」


 宮子が胸を押さえて苦しそうに蹲る。

 体に走るラインはわずかに紫が混じり、色が変貌しようとしていた。暴走による安全装置の作動が始まっている。

 体への負担も高まるため、長時間暴走抑制状態を維持するのはよくない。


「宮子さんは下がって。危険すぎる」

「でも、あと少しなら……!」

「無理をするなら今じゃなくて長期間。今引くことで未来で守られる命があるかもしれないんだから」


 彩花に言われ、宮子が大人しく頷く。

 近くの瓦礫に強く頭をぶつけることで、無理やりバーストを解除した。その様子に百合花が驚く。


「そんな解除方法が……」

「私だけしかできませんけど。完全に暴走抑制が始まる前だけの緊急停止処置です」

「へぇ~、参考にさせてもらうよ」


 ボソリと彩花が呟く。

 その言葉の意味が百合花には分からなかったが、それを気にしている場合ではない。

 ドラグーンの体表が赤黒く染まり始めた。全身から火の粉が放射されている。

 腕も脚も一段と太くなり、背中が割れて翼が生えてきた。四足歩行へ移行すると、翼の下からさらに腕が生えて伸びてくる。凶悪なことに、どことなく剣に似た金属の塊まで生み出して口で咥えた。


「形態変化!?」

「あっちゃ~。あれ相当怒らせちゃったかな」

「言ってる場合ですか!?」


 呑気な彩花に慌てる樹。

 ドラグーンが灼熱を振りまいて腕をなぎ払った。

 炎の津波が一帯を焼き払っていく。これはマズいと全員で跳躍し炎は回避した。

 後方から銃声が聞こえる。が、放たれたはずの弾丸がドラグーンに当たった様子はない。


『あれ? 着弾した?』


 戸惑う静香の声。

 続いて彩葉が射撃し、何が起きたのかを理解した。


『お姉ちゃん! 弾丸は近付いた瞬間に蒸発してる! 接近するのは危険だと思う!』

「確かに、熱くなってる気が……」

「これはいよいよ本格的に撤退しないとダメかもね……」

「あたしたち第三世代のエネルギー攻撃ならどうにか?」


 樹が言うと、青い閃光がドラグーンの右前脚を撃った。ドラグーンの姿勢がわずかに崩れる。


『輝ける一撃なら焔の鎧を抜いて穿てる。時代の先を行く光の乙女であればどうにか戦えるね』

「第三世代や杏華のようなエネルギー攻撃なら戦えるってことね。ありがとう杏華!」


 そう言うが、現実問題厳しい。

 高速で放たれる弾丸が命中する前に蒸発するレベルの高温なのだ。生身の人間が不用意に近付くとすぐに燃えてしまうことは容易に想像できる。シールドもどこまで働くか分からないため危険だった。

 距離を取りつつエネルギー攻撃のみで挑む。これが唯一の活路だと百合花たちがアサルトを構える。

 だが、ドラグーンはとんでもない行動に出た。

 姿勢を低くすると、地面を強く蹴って加速。学園めがけて走り出す。


「なっ!?」

「百合ヶ咲に!」

「待ちなさいよ! 炎を振りまきながら進むな!」


 ドラグーンが走った跡地では次々火災が発生している。このままでは鎌倉が火の海だった。

 杏華が持続射撃モードに変えて超加速荷電粒子砲を撃つが、進行阻止には至らない。わずかに抑え込んで速度を落とさせただけだ。

 杏華のアサルトが熱を帯びる。出力が安定せず、光線がわずかにブレ始める。


『オーバーヒート起こしそう! ヘルプミー!』

「琵琶湖血戦ではオーバーヒートを超えて使って壊したじゃない! まだいける! 耐えて!」

『百合花もずいぶんな無茶言うね!?』


 杏華と通信をしながら、百合花がドラグーンを追いかけようとする。

 が、樹がその場で膝を突いてしまった。百合花も彩花も止まって振り返る。


「樹!?」

「ごめん百合花。限界……」


 樹が懐からフノスを取り出す。

 輝きはほとんど失われ、リリカルパワーはほとんど枯渇してしまっていることを表していた。これ以上樹は戦えない。

 主力が一人欠けたのは痛い。あのドラグーンの強さを考えると、この離脱は厳しいものとなった。

 杏華の攻撃も限界が近いだろう。早めに対策を講じなくてはならない。

 どうするべきか百合花が必死に考える。すると、彩花がフッと笑って天を仰いだ。


「はぁ……やるしかないか」

「彩花様……?」

「あー……ここまで結構楽しく過ごして来れたんだけどな。……ねぇ、百合花ちゃん。一つ、お願いがあるんだ」


 どこか悲しそうな目をした彩花の顔に、百合花の胸中がざわつく。


「どうか、どうかこの戦いが終わっても今まで通り接してほしい。百合花ちゃんたちだけは、今の関係を続けてほしいな」

「それはどういう……」


 諦めを含むような物言いにますます不安が増していく。

 彩花は百合花から顔を背けると、全身に力を込めた。ドラグーンを睨み、アサルトを向ける。


「じゃあ、化け物同士遊ぶとしましょうか。……、発動」

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