第63話 個人の強み

 無数の大型ホロゥを前に、樹は目を閉じて深く息を吸っていた。

 地面を強く蹴り、猛スピードで迫ってくるホロゥたちを見ることなく双剣を振るう。

 剣圧が暴風を巻き起こし、破壊の刃と化した二振りの凶刃がホロゥの体を粉々に粉砕していく。切り裂くどころか粉砕するほどの威力にホロゥたちが一方的に蹴散らされていく。

 細かな金属片が宙に飛び、光を反射して銀色に輝いた。

 最後の一体が頭を両断される。すると、景色が一変して闘技場へと戻った。


『ホロゥ全滅。本日の最高スコアです。お疲れ様でした』


 継続戦闘訓練を終えた樹が用意していたミカンジュースを飲む。

 一口サイズの個包装お菓子の大袋を開けると、それに合わせたのか千代がティッシュを持って現れる。


「お疲れ様でした。大型ホロゥ二十体を十五分で撃破とは、お見事です」

「ありがと。でも、まだまだ足りない。これじゃ目指す高みには到底届かない」


 思い返すのは、百合花と皐月、夜叉の死闘。

 あの場に立てるようになりたい。百合花の隣でアサルトを振るえるようになりたい。

 自分が一番よく分かっている。まだ百合花の隣には立てない。足手まといにしかならない。

 禍神のような強敵が現れたとき、樹は守られる側になってしまう。

 そんな自分を変えたくて、必死に強くなろうとしているのだ。


「ははっ、でも、やっぱり皐月が言うとおりなのかな?」


 入学してすぐの頃に冷たく皐月に突き放された頭打ちという屈辱的な評価。

 これ以上強くなれないかもという嫌な考えが頭を埋め尽くす。


「諦めないでください樹様。樹様がどれだけ努力しているのかは私がよく知っています。それに、樹様だからこそ進むことができる道というものもあるはずです」

「気を遣わせちゃってごめんね千代。……その道を見つけないといけない。あたしは御三家で一番弱いし経験もない。それに、多分西園寺の分家の人たちの方が強い」


 単純な実力で百合花や皐月に及ばないのはもちろんのこと、彩花や彩葉にも勝てる自信はない。

 加えて、戦闘の記録を見る限り樹よりも杏華のほうが戦闘力は高いように思えてしまった。

 経験の面でもそうだ。

 樹は大型のホロゥや超大型ホロゥを討伐したことはもちろんある。だが、歴史に残るような戦いには参加したことがなかった。

 彩葉は分からないが、彩花は舞鶴迎撃戦に参加していることは記録に残っているし、百合花や杏華に至っては最悪の琵琶湖血戦で戦い抜いている。

 樹だけがなにもなかった。その事実も精神的な枷となる。


「私だけの道。私だけの強み。それは……」

「並ぶものなき破滅の大嵐。人に仇なす怪物を屠る神風の再現ってところじゃない?」


 どの学園なのか一瞬で分かる話し方をされ、樹が顔を上げた。

 アサルトを担いだエミリーと綾埜が近くにいた。樹に話しかけたのはエミリーだった。


「エミリー様。それはどういう」

「そのまんまの意味。近接で樹さん以上のワルキューレなんてそうそういない。手数の多さは貴女の最大の強みね」

「素質と才を理解し、己が磨くスキルを見定めることで唯一無二のワルキューレになれるって、常に杏華ちゃんが言ってるわよ」


 エミリーが射撃訓練の開始ボタンに触れた。

 レールガンの射程の関係上最短距離の狙撃にはなるが、そこでエミリーが脅威的な実力を発揮してみせる。

 走りながらアサルトを構えて狙撃。的を撃ち抜く。

 驚くべき事に、エミリーが放った三発は同じ的に寸分の狂いなく真ん中を貫通していた。ミリ単位まで同じ場所を撃ち抜き、的には弾丸一つ分しか穴は空いていない。

 あまりにも正確すぎる射撃に千代が驚き樹も唖然としている。


「エミリー様のスナイプ技術は聖蘭でもトップよ。我が鷹の目を以てしてもここまでの射撃は不可能」

「射程内では必中の弾丸。この正確さが私の強みだよ」


 一つのことを極めることでたどり着ける、別の形での頂。

 千代の言葉と聖蘭の二人からの助言で樹が何を目指すべきなのかがとりあえず分かることができた。

 漠然とした言葉であるが、戦いの世界では時として理屈よりもこういった漠然とした言葉の方が役に立つ。目下行うべきは自分だけができる強みを見つけ、磨き上げることだ。

 第三旧世代で双剣による手数の多い攻め方をする樹なら、連撃を磨けばいいように思う。だが、樹が目指す場所にはそれだけでは到達できない。

 まずは個性として自身に眠る能力を覚醒させる。それから、プラスアルファで決して他の誰にも真似をさせない道を開拓しようと心に決めた。

 誓いをアサルトに込め、強く握って忘れないようにもう一度ホロゥとの戦闘訓練を開始する。

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