第64話 荒ぶる力
樹たちが地下で特訓しているちょうどその時、百合花は屋外の訓練施設で高天原の三人と向かい合っていた。
三人の中心人物――佐藤咲がアサルトを百合花へと向けている。
「西園寺百合花。私たちと決闘してもらおうか」
「……いきなりね。理由を聞いても?」
「っ! そういうところが気に入らないのよ。上からの目線で話すようなそんな態度が!」
「私は、べつにそんなつもりは……」
「御三家の連中はそうよね! 大したことない親の七光りのくせに偉そうに! 私たちの方が絶対に強いのにどいつもこいつも決まって!」
「聞き捨てならないよ。そんなに言うなら咲さんはすごく強いんだよね。見せてよ」
自分のことを悪く言われるのはいい。百合花はそういうことに慣れている。
だが、裏で樹が必死になって努力しているのは百合花も知っている。御三家という主語で樹の努力まで踏みにじられている気がして不快感を露わにしていた。
表情に怒気を孕ませてアサルトを起動させた。それを見て咲以外の二人――杠葉とメルもアサルトを起動させる。
相手の出方を窺おうと百合花はアサルトを正面に構えた防御姿勢を取る。
特に開始の合図もなく咲が切り込んだ。片手で軽々とアサルトを振り回し、同時にエネルギー弾も複数放出して時間差攻撃を仕掛ける。
「第三旧世代なんだね。樹よりも圧は弱いけど隙が少ない」
「ちっ! そうやって見下す!」
気迫は凄まじい。
刃に咲の感情がそのまま乗せられているような重く荒々しい攻撃は百合花でも防ぐことが難しかった。上手く刃の向きを調節して威力を流す。
咲ばかりに集中するとメルと杠葉にやられてしまう。
杠葉の斬撃を体を反らすことで回避し、足元を狙ってきたメルの射撃は飛んで回避する。そこに間髪いれずに咲が攻撃を仕掛けてくるものだから、対応に忙しかった。
一際強く踏み込み、咲が数度強烈な斬撃を叩き込む。
「私たちの努力を知らないくせに!」
百合花はわずかによろめき、力が緩む。
「私たちがどんな想いでアサルトを握っているか知らないくせに!」
続く攻撃をどうにか受け止めるも、靴底が地面を削る。
「私たちはお前たちに使われる道具じゃない!!」
膝を曲げてしまった。アサルトに込める力が弱まってしまう。
「ただ生まれた環境で見下すなッ! 私たちだってワルキューレだッ!!」
上から振り下ろされる斬撃に弾かれた。
アサルトを地面に突き立て、膝を突いて俯く。
咲が一方的に攻める展開にメルも杠葉も嘲笑した。咲も呆れたようなため息を吐いている。
「やっぱりこの程度? 弱い」
「ネームドっていうからどんなものかと思えば。禍神を討ったのも五十嵐皐月の戦果が大きかったようね」
「それもどうだか。禍神のほうが弱いんじゃないの? 本家でこれなら分家の五十嵐も雑魚でしょ」
そんなメルの言葉に百合花が肩を震わせる。皐月を侮辱されては黙っていられなかった。
夜叉と命懸けで戦い、百合花をはじめ多くの生徒たちを守って散っていったあの勇姿にそんな扱いなど許せなかった。
心の内側にどす黒い感情が満ちていくのが分かる。視界が赤く染まっていき、体が思うように動かせなくなる。
百合花の異変に咲は気付いた。その異様な雰囲気に背筋を震わせ、冷や汗を流しながら警戒して視線を外さない。
「……取り消せ」
「は?」
「今の言葉……取り消せ」
百合花の腕に赤い光の筋が見える。
まさかと慌てたメルが射撃するも、百合花の姿は一瞬で消えて銃弾は外れた。
次の瞬間にはメルの懐に潜り込まれている。
振り上げられたアサルトは一撃でメルのアサルトを粉砕した。バラバラになった部品が飛び散り、持ち手だけを残して飛散する。
驚いて固まった刹那の時間で突きが繰り出される。
「危ないッ!」
咄嗟に杠葉が間に割り込んで防御したが、直撃を受けた杠葉のアサルトにも大きな亀裂が生じた。
突きの衝撃で杠葉は飛ばされ、メルも巻き添えを食らって一緒に壁に激突する。
「メル様!? 杠葉様!?」
何が起きたのか理解が遅れ、咲が驚愕の声を発した。
だが、すぐに振り返り防御の構えをとる。百合花の攻撃は終わっていない。
アサルトがぶつかり火花が散る。防御する度に亀裂が広がっていく。
人間の力とは思えない衝撃に咲の顔が痛みに歪む。
「私たちの苦悩を知らないくせに」
無機質で冷たい声が聞こえる。
「私たちがどんな光景を見てきたか知らないくせに」
咲のアサルトの耐久限界が近い。軋みをあげて今にも砕けそうだ。
「私のことは何を言ってもいい」
ついに限界を迎えてしまう。
咲のアサルトの刃が砕けた。耐えられず、咲も吹っ飛びメルたちと同じ場所に倒れる。
どうにか視線を上げると、頭上にアサルトを掲げた百合花と目が合った。
いつの間にか瞳が深紅に染まっている。血のように赤く恐ろしい目を見ていると恐怖に襲われる。
「でも、皐月ちゃんや他の皆を侮辱するような言葉は絶対に許さない」
「その力……まさかリリカルバーストか……!?」
本気の殺意を浴びせられ、後ずさることしかできない三人。
止まらない百合花はアサルトを振り下ろし……凶刃が三人を切り裂く前に人影が割り込んで攻撃を防いだ。激しく火花が散り、遠くまで響く金属音が反響する。
「はいはい百合花ちゃん。そこでストップ」
「やりすぎだって。その攻撃は命の危険があるよ」
「すみませんどうせ咲が何か言ったんでしょうけど。それでもどうか剣を収めてくださいませんか?」
彩花、杏華、瑞菜の三人が間一髪の所で防御に成功していた。
三人合わせてようやく拮抗する力に恐ろしさを感じる者が大半だ。人間離れした威力に驚くしかない。
百合花が大人しくアサルトを引っ込めた。盾の形態に戻して鞄にしまう。
「で、どうするの? 教官に報告する?」
「……い、いや、それは……」
「訓練が白熱しすぎてこのような事態になった。そんな落としどころで許してもらえませんか?」
口ごもる咲の代わりに瑞菜が提案した。
メルと杠葉がどう出るか瑞菜は気になっていたが、二人とも完全に怯えて首を縦に振っていた。
百合花はさすがにやりすぎたと軽く謝罪し、自分の部屋に帰っていく。
残された全員の視線は、百合花の後ろ姿と砕けたアサルトの破片の二つに向けられていた。
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