第61話 偏食家たち
百合ヶ咲に三校が集まった日の翌日。
基礎アサルト戦術学の講義を終え、百合花と香織が一緒に講義室から出てきた。
講義内容を軽く口頭で復習しながら、二人で食堂を目指して歩く。長い講義の後の、そして日が沈む夕刻時のこの時間はお腹が空く時間帯だ。
「そういえば、今日は葵様と一緒じゃなくていいの?」
「今日は御姉様は夜間警備だから。今日くらい私もお料理サボりたくなって」
「そういう日があってもいいね」
仲良く談笑して食堂に入っていく。
食券販売の前には長蛇の列ができていた。少し出遅れたと香織が悔しがる。
空腹時に長時間待たされるのは中々キツいものがある。追い打ちをかけるように美味しそうな香りも漂ってくるのだからそれも当然だ。
現に、今も列の最後尾に並ぶ百合花たちの近くで醤油ベースのラーメンの香りが……
「おー百合花。今講義終わり?」
「あら樹。……またラーメン?」
「うん。毎日食べても飽きないし」
「百合花様、どうか樹様に健康を考えるように言ってもらえませんか?」
ラーメンを運ぶ樹の後ろで餃子定食を運ぶ千代がため息交じりに言った。
お付きの立場からすると、不健康まっしぐらの食生活を送っている樹は心配になることだろう。
ただ、注意してもあまり聞かないだろうなと百合花も思っている。
「また小言~? ラーメンは美味しいから問題ないって」
「そうだよそうだよ。それに、あーしらはあんなバカ重い武器振り回して日々運動しているからカロリーはプラマイゼロ! むしろマイナスだよ!」
樹に助け船を出す存在がいた。
チャーシューとメンマをドカ盛りにしたラーメンを運ぶ翼が百点満点の笑顔で立っていた。
樹と並び、二人でラーメン愛で通じ合う。
「さすが翼様! 分かってますね!」
「だよね! なにが不健康な食事じゃい! ラーメンこそ正義!」
「樹様はスープまで飲み干すじゃないですか。塩分過多と脂質の取り過ぎが問題なんですよ」
「分かってないね千代ちゃん。脱水症を起こさないように塩分と水分を同時にとっているんだよ! それに、脂質はエネルギー源になって急なホロゥ戦にも対応できるのだ!」
「……翼様、近い将来絶対に体壊しますよ」
もう完全に諦めた様子の千代に、百合花は苦笑いするしかなかった。普段の苦労が容易に思い浮かぶ。
「ったく、ここに素晴らしい理解者同志がいるというのに、うちは何してるんだかねぇ!」
翼がビシッとレンゲを突きつけた。
ちょうど横を通りかかったその人物は、驚いたように一瞬立ち止まる。
「翼様。いきなり何するんですか驚きますよ」
「あんたもそろそろまともなもの食べたらどうなの!? 今日の夕食は?」
「え、これですが」
その人物――瑞菜が咥えていたゼリー飲料を百合花たちに見せる。
腕に下げている購買の袋には、他にもいろいろな物が入っていて、それらも取り出してお披露目していく。
ペットボトルの水。栄養調整食品菓子。エナジードリンク。今瑞菜が咥えているものと同じゼリー飲料。
おおよそまともな食事をしているとは思えないものばかりに、百合花が呆然としていた。香織も理解できないとばかりに首を捻っている。
翼は袋の中身が出てくる毎に俯き、トレーを震わせていた。
「これで充分栄養は摂れますから。美味しいですよ」
「だまらっしゃーい! あーしらワルキューレとはいえ華のJKよ!? こんなのJKの食事じゃないッ!!」
それはラーメン三昧の翼も同じでは、と、百合花は言いかけたが喉元まで来た言葉は飲み込んだ。
「瑞菜にもラーメンの良さを教えてあげるわ! ほら! クレジットなら出すからまずはカップラーメン買ってきなさい!」
「ええー……ラーメンは塩分が非常に多いですし、脂質の量も……」
「千代ちゃんと同じ理屈で返すなッ!!」
騒ぐ他校の生徒というのは必然的に注目を集める。
それが、先輩後輩で漫才を繰り広げているのだからなおさらだった。周りにいた人たちが全員クスクスと笑い始める。
食券待ちの列に並ぶ百合花たちからすると、自分の番が巡ってくるまで飽きない。本人たちに自覚はないだろうがある種感謝されていた。
と、そんな瑞菜たちの近くを咲が通り過ぎる。
「あーあ。バカと同じって思われて恥ずかしい恥ずかしい」
そう言い、瑞菜とは味が違うゼリー飲料を咥えながら食堂から出て行った。
まさか彼女も毎食ゼリー飲料で済ませているのかと怖くなり、百合花が視線を瑞菜に向けると無言で頷かれた。肯定だ。
そして、もう一人が腕に袋を下げて歩いてくる。
「またお前らじゃれてんの? 楽しそうだねぇ」
「……あーしが文句言いたいのは瑞菜だけじゃないからね! あんたもよ心愛!」
「はぁ? んだよ」
「あんたも食生活が偏ってるって言いたいの! 今日の夕食見せてみなさい!」
「いつもと大して変わらないのに、見て何が面白いんだか」
そう言って心愛が袋から夕食を取り出す。それを見た百合花と香織が再び言葉を失い、樹も目をパチパチさせていた。
ポテトチップス。チョコレート菓子。板チョコ。麩菓子。ポップコーン。コーラ。
どう見ても夕食に見えないものが次々と出てきた。
明らかにおやつなラインナップに心愛はなぜか自慢げにどや顔で胸を張っている。
「どうよ。野菜たくさんでヘルシーだろ」
「野菜!? これを野菜と抜かすか!?」
翼がポテトチップスの袋を掴み、心愛の顔に押しつけている。
「どうしてあんたらはこうなのよ! もっと華のある食事をしなさいよ!」
「ラーメンばっか食ってるお前にだけは言われたくないんだが」
「あーしはちゃんとした食事じゃん! ラーメン店だってあるからラーメンはご飯なの!」
「駄菓子屋があるからこれだってご飯じゃないか」
互いに謎理論を展開し、視線を交差させて火花を散らせる。
そうしていると、空気を読んだのか読めていないのか、瑞菜がいきなりポンと手を打つ。
「そういえば翼様。以前制服のファスナーが閉まらないとかなんとか言って食事制限するとか仰っていましたが、あれはどうなりました?」
「は? おいおいお前ふと……」
「あー! あー! 聞こえない聞こえないー! 行こう樹ちゃんラーメン伸びちゃ……樹ちゃん!?」
翼が見渡すと、既に樹は席に座ってラーメンを啜っていた。
樹を追いかけ、そして瑞菜から逃げるように翼も同じ机に向かっていく。
「逃げたな」
「私、何かマズいこと言いましたかね?」
心愛がほくそ笑み、瑞菜が首を傾げながらそれぞれ歩いていく。
嵐のような騒動が過ぎ去り、生徒たちの注目が外れた。
百合花と香織も顔を見合わせて笑い、視線を列に戻す。
空腹で待つというある種の苦行は避けることができた。その点に関しては瑞菜たちに感謝している。
それはそれとして、今度食生活について一言言ってやった方が本人のためだとも考える百合花であった。
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