第36話 姉妹仲良く
百合花の復帰祝いが開かれた次の日。運動場を借りた神子と百合花が実戦形式で訓練を行っていた。
アイリーンが作った安全柵の外側では何人かの生徒がその様子を見学している。時間の空いている実技教官も数人見学の輪に交じっていた。
大勢が見守る中、二人は久しぶりに全力で打ち合っている。
百合花が動きながらライフルと剣に連続して変形させ、射撃と斬撃を交互に繰り返す。アサルトへの負荷もかなりかかってしまうが、その分動きについていくのは困難だ。
足元を狙った百合花の射撃を華麗な動きで回避し続ける神子。つま先だけで軽く地面に触れて最小限の動きで距離を取っている。
まるで妖精のような洗練された動きに見とれてしまう。
百合花がリロードに入った一瞬の隙に神子がアサルトを凪いだ。その瞬間、不可視の力場が周囲に無数展開される。
感じ取れるわずかなリリカルパワーで百合花が力場を破壊する。このまま戦えば、百合花自慢の高速戦闘ができない。神子よりも早い速度で戦えるが、こうも力場があってはすぐに頭や体をぶつけてしまう。
百合花が力場の破壊に意識を傾けている間に神子が天高く舞い上がる。縦方向に力場を展開しているために軽く素早く上を取った。
アサルトの弾丸にリリカルパワーを作用させる。神子の狙いに気が付いた百合花がアサルトを盾に変形させて構えた。
神子のアサルトの射撃形態は重機関銃タイプだ。重く、リロードも長い上に反動も大きいという非常に使いづらいものだが、小型程度のホロゥなら一発で全身を粉砕する威力がある。
その反動をリリカルパワーの力場で無理やり抑え込み、眼下に向けて連射する。
弾丸が勢いよく放たれ、変化を起こす。リリカルパワーを弾丸に特殊な作用をするように流していたことで、着弾前に空中で連続して爆発を起こした。
大きな衝撃と爆炎で視界が奪われ、自由な動きを封殺される。
なんとか体を転がすことで爆発領域から脱出する。が、その動きを読んでいたとでも言うように百合花の目の前に黒く細長い物体が落ちてきた。
「ッ! しま――」
黒い物体は強烈な閃光を放った。
咄嗟に目を隠すことで光の影響は受けない。が、腕を退けると眼前に神子の顔があり、笑顔で百合花の額にデコピンが叩き込まれた。
「あたっ!」
「はい、私の勝ち」
明るく笑う神子に百合花が頬を膨らませて見上げる。
見たことがないような激しい動きに、見学していた生徒や教官たちが拍手を送る。特別熱心な数人は、今の様子をビデオで撮って早速地下や地上の訓練施設に走って行った。
そんな生徒たちの前で百合花が地面に落ちている黒い物体を拾い上げる。
「フラッシュグレネードを使うのはずるじゃない?」
「本当にずるなら訓練用に光を調整された物なんて置いてないわよ。私は百合花と違ってそこまで一撃の威力が高くないからとにかく攻撃を当てて食らわない戦い方を極めてるの」
「そこまで一撃の威力変わらなくない?」
「百合花ほどの速度が出ないのよ。どうやったらあんなに早く動けるのやら。最高速度の一撃は絶対に百合花が圧倒的よ」
「お姉ちゃんだってリリカルパワーの保有量がおかしいよ。あんな無茶なリリカルパワーの使い方して枯渇する気配がないんだもん。世界でもほとんどトップだよね?」
「世界は広いのよ。イギリスに私よりリリカルパワーの保有量が多い人がいるからね」
「それ、お姉ちゃんは保有量世界二位ってことじゃん……」
二人で言い合って座り込む。用意していたスポーツドリンクを探すと、訓練の余波で砂を被って埋まっていた。
やり過ぎたかもと顔を見合わせて笑う。
「これで、私の二十五勝だね」
「お姉ちゃん強すぎるよ。まだお姉ちゃんから十五試合しか取れてないや」
「それでも充分強いから。私に勝てたのは百合花と三奈くらいのものよ。三奈だって二試合だし」
自衛隊で神子の補佐をしている副隊長の名前を出され、話の流れを聞いていた何人かの生徒は目を輝かせた。
そんなすごい百合花と同じ時期に学園に在籍できているのは奇跡だと考えている。百合花から多くのことを教えてもらいたいとも思っていた。
教官たちは、仕事を奪われるかもと少し焦った様子だったが。
ドリンクを飲み、一息ついたところで百合花が神子に尋ねる。
「そういえば、お姉ちゃんはいつまでここにいられるの?」
「明後日には部隊に復帰よ。また日本全国を飛び回る日々だぁ……」
「あはは……頑張って……」
百合花の怪我が治り、満足に動けるようになったことで神子も職務復帰だ。
今度二人が会えるのは、特別な用事でもない限り百合花の学園卒業後となる。
「あ~。百合花成分がまた枯渇する~」
「聞いたことない成分出すのやめて!?」
「百合花も一緒に自衛隊に来なよ~。もう充分前線で戦えるだけの力はあるよ」
「いや、そういう問題じゃないでしょ」
「冗談だから。百合花はしっかり学園生活を満喫してね。死なずに卒業すること。これ、お姉ちゃんからの命令ね」
神子が立ち上がった。グッと腰を曲げて体を解す。
「青春を謳歌せよ若人よ。ってね」
「お姉ちゃん何歳?」
「乙女に年齢を聞くのはマナー違反よ。でも、久々の学園で気分はすっかり学生に戻れたわ。いい休暇になった」
近年増えているホロゥ出現に神子も疲れていたのだろう。
百合花は、この数日で神子の様子が前よりもスッキリとしたように見えていた。
神子を心配させないために絶対に死なない。そう、強く決めた。
二日後、迎えのヘリに乗って神子は帰っていった。
それから数日は百合花たちも連携を高める訓練に励んだ。来るかもしれないその瞬間に備えるために。
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