第34話 再戦に向けて

 アイリーンが一度退出し、工具箱と百合花のアサルトを持って入ってくる。


「動作確認をお願いしてもいいかな? 初めて触るアサルトだし、アサルト内部に蓄積されていた戦闘データから以前の状態に限りなく近い状態に戻せたと思うんだけど」


 アイリーンからアサルトを渡され、百合花がベッドから降りた。

 近くにあった物を遠ざけ、動作チェックに充分な空間を作り出す。


「無理しないでくださいね百合花さん。貴女は内臓を傷つける重傷を負ったのですから……そういえばどうしてもう回復を……?」

「夢様。それはもう何度か繰り返したやりとりなので、後であたしや彩花様に聞いてください」


 樹が説明を後回しにさせ、百合花が早速アサルトを起動させる。

 リリカルパワーが刀身に満ち、眩い輝きを発した。

 基本となる循環路と呼ばれる機構の問題は確認できない。初めて触る特注のアサルトで、普段は製造元の専用工場にメンテナンスに出していたアサルトだというのに、それを学園の施設と道具で直したアイリーンの腕には驚くしかない。

 次に刃こぼれがないかのチェック。ただ、循環路が異常なしなのでこちらは確認するまでもなく異常なしだ。

 続いては変形機構の動作チェックだ。ここに不具合があると、戦闘中に最悪アサルトが負荷に耐えきれずに粉砕するかもしれない。数年前、第一新世代のワルキューレが使うアサルトが整備不良で変形中に砕け、破片が頭に突き刺さって死亡したという事故が起きてからはこの部分の整備は厳重にするようにと規則が改定された。

 連続で剣と銃、そして盾に変形を繰り返す。特に異音はせず、滑らかに変形しているように見えた。


「どうだった? 問題なさそう?」

「……大方問題ありませんね。ただ、銃から剣の形状変形の時に少しリリカルパワーに乱れが生じます」

「え、マジで? おかしいなぁ」


 端から見たら順調でも、実際に使う本人だから分かる微妙な違和感。

 百合花からアサルトを受け取り、アイリーンが眺めて唸る。その顔は、これ以上どこを弄ると良いのやら分からなくなっている顔だった。


「あの、アイリーン様。この程度ならどうにか……」

「ダメ! 万が一があるといけないし何より私が許せない!」


 本当に誤差の範囲ではあるのだが、もしまた禁忌指定タイラント種と戦った時に少しの感覚の違いで判断が狂えば、アイリーンは一生後悔することになる。

 そのような事態を避けるため、そして自分のプライドのために変形に関する部品を細かくチェックする。


「でも、そんなはず……」

「――絶対に無理。そのアサルトは百合花用にカスタムされているからね」


 入り口付近から聞こえる声。

 神子がドアにもたれかかって百合花のアサルトを見ていた。その背中から葵と香織も顔を覗かせ、いよいよ大集合だ。

 が、そんなことなどどうでもいいとアイリーンはアサルトを神子に見せる。


「百合花ちゃん用のカスタム? そんな形跡ありませんでしたよ」

「まぁ、あれは一見すると破損と同じ扱いだから仕方ないよ」


 アイリーンからドライバーを借り、一部の部品を叩いて教えてやる。


「ここ。この部品とこの部品を安全規格から左方向に少しねじ曲げて、コアのロックをわずかに緩ませておくの」


 神子が言ったとおりにアイリーンが調整し、改めて百合花に渡した。

 再度変形テストを行うと、完全に元通りの動作となる。


「すごい……この短時間で……」

「確かに。普通百合花のアサルトはメンテに出すと一週間は余裕で飛んでいくのにね」


 ひょっとしなくても超有能なアイリーンに神子と百合花がにこやかな視線を向ける。

 彩花が二人の考えていることに気が付き、アイリーンを抱き寄せた。


「残念だけど渡しませんよ。アイリーンは城ヶ崎と繋がりが深いんですから」

「ちぇー。それは残念。自衛隊にもここまで優秀な技官は少ないから欲しかったのに」


 あははと笑う一同に、夢が咳払いをして注目を集めさせる。


「では、私からもいいですかね?」


 何やら深刻そうな声音の夢に全員が押し黙る。

 それをいいと捉えた夢が持っていた資料を見ながら話し始めた。


「率直に聞きましょう。皆さんは、もう一度バルムンクが出現した時にまた戦う覚悟はありますか?」

「それは……もちろんです!」

「勝てる自信があると?」


 夢のその問いに、香織たち一部が黙ってしまう。

 バルムンクとの実力差は明確。昨日の戦いでは何も役に立てずに戦線離脱をしてしまった自分や、そもそも怯えて攻撃すらできない自分が立ち向ってどうなるという不安を抱えているのだ。

 しかし、百合花や樹たちは違った。

 そもそも、百合花は放電という不意打ちを受けたためにあのような結果になってしまったが、あれがなければちゃんと戦えていたのだ。一度見せた手に二度も引っかかる百合花ではなく、今度は絶対に勝てるという自信があった。

 自分一人の自信ではない。彩花や樹、彩葉に殺姫も上手く立ち回ってくれると信じられる。もっと連携を高めることができればバルムンクを討伐こそできなくとも一矢報いることくらいは可能だと確信していた。

 一方的に蹂躙されるしかなかったバルムンクに一矢報いるだけでも、百合花たちの勝利と言えるだろう。

 そんな力強い百合花の瞳を見た夢が安心したように大きく息を吐いた。


「良かった。これでもう少し猶予ができます」

「え、猶予?」

「そうなんですよ。昨日から生徒会に退学願が次々と提出されて大変だったんですから! どうにか引き留めに奔走し、それで出した結論が希望が再び立ち上がる力をもたらしてくれるようにするということだったので」

「それで、百合花の復活とバルムンクへの戦意が使えると?」

「そうです。神子様が地下施設の使用申請を出してきたときにこれだと思いましたよ我々生徒会や学園も全力で支援するので、何か必要になる物があったら言ってください。最速で用意するので」


 頼もしいバックアップを手に入れることができた。

 順調に戦闘準備は整いつつある。何年後になるか分からないバルムンク戦だが、このメンバーが揃っていればもう負けることなどあり得そうになかった。

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