第48話 五十嵐皐月

 感覚がほとんど残っていない。体はどんどん冷たくなっていく。

 ただ、幸せだと思うことが出来た。最期は、長年の憧れで密かに想いを寄せていた百合花の腕の中で眠りにつくことが出来るのだから。

 歩み寄ってくる仲間たちの無事な姿も見ることができた。心の底から安心し、殺姫が柔らかい笑みを浮かべる。


「ねぇ……百合花……ちゃん。私……すごいでしょう……?」

「……うん。本当に、殺姫ちゃんはすごいよ……っ!」


 百合花の涙が殺姫の頬を濡らす。


「今度は……ちゃんと……守ることが……」

「も、もう喋らないで! すぐに医療チームが来るはずだから! ……あぁもう! 救急車はまだ!?」

「無駄だよ……もう……長くないから……」


 まだ助かる。そんな幻想を求める樹に、殺姫は諭すように言った。

 樹が泣き崩れる。千代が背中をさすってやり、落ち着けようとしていた。

 殺姫が、集まった全員の顔を見ていく。


「最期に……少しだけ話していいかな……?」


 殺姫が目を閉じる。

 わずかではあったが、皆と過ごした楽しい日々が瞼に浮かぶ。それと、輝く過去の思い出。

 薄く目を開けると、視線を静香へと向けた。


「静香……射撃をするとき……もっと踏ん張ると……安定性が増すよ……。最後にアドバイスで……ごめんね……百合花のこと……支えてあげて……」

「分かりました……! 必ず……!」


 次に、香織のことを見る。


「香織ちゃんが作ったご飯……美味しかった……。きっと……世界一の料理人に……」

「殺姫さんが美味しそうに食べてくれて、私も嬉しかったです……!」


 隣にいた葵を見る。


「あの時……神戸で二人を助けて……良かった……。これからも……二人で仲良く……」

「……やっぱり、そうなんだね。本当にありがとう。私も香織もこうして生きていられる」


 次に彩花と彩葉に。


「彩花様……百合花は……たまに危ういときがあって……だから……」

「うん。私がしっかり見ているよ」

「彩葉様……百合花の……心の傷を……」

「私に出来ることならなんでも!」


 視線を千代に向けた。


「思えば……あまり話したこと……なかったかも……。もう少し……仲良くしたかった……な……」

「申し訳ありません。話す機会が少なくて」


 次に、泣き崩れる樹に。


「私……いつも百合花と一緒にいる……貴女が嫌いで……でも……同じくらい気になっていて……」

「……あたしだって、同じだよ……!」


 最後に。

 唇を一文字に結び、必死に笑顔で殺姫を送り出そうとしている百合花へ。


「……百合花……今まで……ありがとう……。私は……百合花のこと……一番好き……だったんだよ……」

「私も。殺姫ちゃん……ううん。皐月ちゃんがいてくれたから、多くの困難を乗り越えてくることが出来たの!」

「それは私も……。百合花のおかげで……ずっと……ずっと……」


 口元を緩めて笑う。

 本当に百合花に伝えたい言葉は、これじゃない。


「百合花は優しいから……私が死んじゃうと……苦しむかも……」

「当たり前だよ……そんなの……」

「でも……百合花は強いから……。きっとすぐに……立ち直って……くれるよね……」

「でき……」

「できないなんて……言わせない……! 私が好きな百合花は……すぐに前を向いてくれるから……! だから……! 私のことなんて引きずらずに……すぐにホロゥを倒して……人を救う立派なワルキューレになるって信じてる……! だから……その刃で明日を切り開いて……! 未来の輝きを呼び込んで……! 命の滴をこの世界に……! そうすれば……どれだけ世界が残酷でも……花は気高く咲き続けるから……!」

「うん。うん……っ!」

「種と希望があれば……花は咲く……! 百合花なら……種をずっと……ずっと……! 次の世代に……! 繋げてくれるはずだから……!」


 力のこもったメッセージに、百合花が頷いた。

 自然と皐月が笑顔になる。

 神戸戦役が起きたあの時、全てを失って時計は止まったと思っていた。

 それが、最期はこんなにも温かな気持ちで、多くの人に看取ってもらいながら好きな人に包まれて死ぬことが出来る。

 伝えたい言葉もすべて伝えることが出来た。これで、未練もなく眠ることが出来る。

 視界がぼやけていく。強い眠気を感じ、目を閉じようとしたその時、ふと優しい手の感触があった。

 それが誰のものなのか、皐月は瞬時に悟る。


(ねぇ、お姉ちゃん……私、何点の働きだったかな? 五十嵐のワルキューレとして……お姉ちゃんや百合花みたいに尊敬されるワルキューレになれていたかな……?)


 穏やかな気持ちで問いかける。

 手は頭を撫でてくれた。耳元で懐かしい声が聞こえる。


――百点満点。本当にお疲れ様、皐月……。


 その言葉を聞いた皐月が、泣き笑いの笑顔を浮かべた。他の何よりも綺麗な笑顔だった。


「初めて、お姉ちゃんに百点って言ってもらえたな……」


 幸せな気持ちで満たされ、五十嵐皐月は静かに息を引き取った。


 十六年という短い生涯。

 それでも、彼女の想いと意思はいつまでも百合花たちの心で存在し続ける。

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