第47話 逃がさない!

 爆発による黒煙が収まった。

 急いで彩葉がスコープを覗き込んで状況の確認をしようとしている。樹たちも今にも走り出しそうだった。

 だが、それはまだしない。まだ、気配が残っている。

 黒煙が晴れた。中の様子が明らかとなる。

 半壊したアサルトを手に立ち尽くす殺姫。全身から出血し、立ったまま死んでいるようにも見えてしまう。

 そして、わずかに離れた所で膝をつく夜叉。衝撃でリリカルバーストは解除され、全身に亀裂が入って一部で崩壊が始まっていた。が、仕留めることは出来ていない。と言っても、このまま放置すれば致命傷となり夜叉は消滅するのだが。


『おのれ……おのれ……っ! まさか妾に膝をつかせるとは……!』


 苦しみながら立ち上がる。崩壊する自らの腕を忌々しげに眺めていた。


『体を再生できない……! このままでは死ぬ……っ! それに、活動限界も近いか。撤退するしかないようじゃ……』


 これだけ長時間戦って、仕留めたのがたったの一人。

 この事実は夜叉のプライドを傷つけるが、戦闘を続行すれば消滅してしまう。


『命拾いしたの小娘。お前の友人に感謝を……』


 言いながら一歩踏み出した時、殺姫の腕がピクリと動いた。

 半壊したアサルトを振りかぶり、崩壊する夜叉に突き立てる。


『なっ!? まだ生きて……!?』

「逃がさない! 百合花さん!」

「ッ! 分かった!」


 痛む全身を無理やりに動かし、百合花がアサルトを拾い上げた。残ったリリカルパワーのすべてをアサルトへと流し込む。

 刻一刻と夜叉の体は崩壊している。放っておけば死ぬかもしれないが、その前に殺姫がアサルトを突き刺して逃がさないように固定した部分が崩れると逃げられる。

 故に、狙うは一カ所。確実に夜叉を仕留めることが出来る急所――首。

 どんなホロゥも、首を斬られるとほぼ確実に即死する。いくら禍神とはいえ、首を斬られて生きていることが出来るとは思えない。

 思うように体が動かず、早く走れない。

 百合花も夜叉も、その速度に焦りを感じていた。

 早く走れと自分に言い聞かせる。

 死神が近付いてくると死の恐怖に怯える。


『離せぇぇぇぇ!! 妾に触れるなぁぁぁぁ!!』

「早く……百合花さん早く!!」

「間に合えぇぇぇぇぇ!!」


 遂には、夜叉が触手を繰り出した。

 残った数本をどうにか動かし、殺姫を殺して脱出を図る。


『死ねッ!!』

「「「――させない!!」」」


 轟く射撃音。踏み込んでくる複数の人影。

 触手の一本を連続射撃で封じ込める彩葉。そして、触手から殺姫を守る樹、彩花、葵、香織、千代。

 夜叉の動きが止まり、安全だと判断して自分たちの意思で動いた。

 走る百合花を静香が引っ張る。


「静香ちゃん!」

「あと少しなんです! 私にも出来ることを! 殺姫さんのために!」


 静香が腕に力を込めた。

 狙いを理解した百合花が深く息を吸う。あと少しだけ痛みに耐えれば、この長い戦いも終わる。

 ギリッと歯を噛み砕いた夜叉が叫ぶ。


『人間風情が……人間風情が! 下等な生物の分際で妾の邪魔をぉぉぉ!!』

「うるさいです! 百合花さん!」

「これでトドメよ夜叉!!」


 投げられた百合花が大きくアサルトを振りかぶる。

 空中で回転を加え、その刃が夜叉へと届いた。

 正確に首を捉え、夜叉の首を刎ねる。細かな金属片が宙に散った。

 着地に失敗して地面を滑る百合花。そのすぐ目の前に夜叉の頭が転がる。

 夜叉の体が動きを停止した。触手が力を失い、首の切断面から崩壊が始める。


『バカな……妾が……負け……た…………』


 頭も完全に消滅する。

 体もしばらくした後に消滅した。殺姫のアサルトが地面に落ち、完全に砕ける。

 呆然と立ちすくむ樹たち。やがて、ポツリと言葉を漏らす。


「……勝った……の?」

「らしいね。私たちの勝ち」


 彩花が勝った事実を確認し、樹たちが大きな歓声を上げた。

 禍神の討伐。人類史に残る輝ける偉業の達成。

 その現場に立ち会い、微力ながら協力することが出来て感情は最高潮だ。

 早速樹が百合花と勝利の喜びを分かち合おうとし、姿を探す。が、千代が首を振りながらそれを止めた。

 千代が涙を流す。そこで、我に返ったように気がついた。


「そうだ……! 殺姫は!?」


 樹が慌てて殺姫の姿を探す。

 その殺姫は、力を失って倒れるところを百合花に抱きかかえられていた。静香も近くにいて、滝のように涙を流している。


――もう、助からない。


 そのことを察してしまった樹たちは、そっと静かに殺姫と百合花の近くへと歩み寄った。


 遠くから自衛隊のものと思われる車両の走行音が聞こえてくる。通信機からは学園からの状況報告を求める通信が鳴り続ける。

 だが、誰も気にする余裕はなかったし、気にすることが出来る状況でもなかった。

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