第40話 悪夢撃滅

 最後の電力を使って雷の弾丸を放つバルムンク。

 飛んでくるそれらすべてを樹が切り裂いていく。後ろから続く誰にも攻撃を当てさせない。

 香織がジェット加速を使って飛び出した。自分が傷つくことも覚悟した最大出力だ。


「これで打ち砕くッ!」


 あと一撃で破壊できる顔を狙っての攻撃。

 だが、バルムンクは咄嗟に腕を突き出して防御した。回避しても刹那の隙を樹たちに狙われるだけだから、現状最適の判断だった。

 香織のアサルトとバルムンクの腕が激しい激突を起こして大きな音が鳴り響いた。

 香織のアサルトに亀裂が生じる。しかし、バルムンクも代償は大きく片側の前脚が完全に砕け散る結果となる。

 衝撃波で体勢が揺らいだ香織にバルムンクは噛みついた。捕食攻撃だ。

 口が閉じられる前に香織はアサルトを縦に持ち替えることで呑み込まれることを阻止する。自滅で牙が欠けていることも幸いし、体を貫かれる事態にもなっていない。

 両サイドから彩花と百合花が駆け出した。

 バルムンクに残された選択肢は攻撃を受けることだけ。防御も回避も満足に行える状態ではない。


「「やああぁぁぁぁぁぁ!!」」


 両側からの攻撃で、バルムンクの眼球が砕けた。

 視界を奪われた事による動揺と、痛みによる絶叫で香織を放り出したバルムンクが前のめりに倒れた。完全に無防備な姿を晒すこととなる。

 遠方からの静香の狙撃で後ろ脚が撃ち抜かれ、顔が傾いた。首元を狙う絶好の状況になる。

 葵が首を狙ってアサルトを投げつけた。到達前に彩葉が狙撃で首を撃ち抜く。

 彩葉の攻撃でダメージを受けた場所に葵のアサルトが突き刺さった。蜘蛛の巣状に亀裂が生じる。


「勝てる!!」

「トドメを!」


 殺姫が大きく飛び上がった。百合花もアサルトにリリカルパワーを充填している。


「これで砕けろ!」

「骸を晒せぇぇぇぇ!!」


 百合花が放ったエネルギー攻撃が。

 殺姫が振り抜いた大鎌が。

 それぞれ見事にバルムンクの顔と首に直撃した。一際大きな爆発と放電が起きる。

 無数の金属片が散って煌めいた。鈍い音まで響き渡る。

 バルムンクの顔が粉々になっているのが見えた。大きな塊は完全に胴体から切り離されている。

 呆気にとられる一同の前で、バルムンクの体が光に包まれた。そのまま塵となって消滅していく。

 活動限界による撤退とは違う現象。それが表す事実は……


「勝った……?」

「私たち……倒したの?」


 バルムンクだった塵の上を百合花が歩いてアサルトを突き立てた。

 消滅する前の金属塊を殺姫が大鎌の先端に突き刺して掲げる。


「バルムンク討伐ッ! 私たちの勝ちです!!」


 一瞬の沈黙の後、樹たちは爆発的な歓声を張り上げた。

 その歓声が意味するところを知ったのだろう。学園側にも司令部経由で情報が伝わって歓声が立ち上る。


「人類史上初めての快挙! すごい!」

「私、歴史的な瞬間に立ち会えてます!?」

「皆でつかみ取った勝利! 禁忌指定タイラント種を撃破!」

『お疲れ様でした! 素晴らしい成果です!』

『校長がお呼びですよ! 英雄の凱旋ですね!』


 誰もが勝利に喜んでいる。当然だ。

 討伐不可能とまで言われたバルムンクの討伐。事はそれだけ大きい。

 彩花が司令部といくつか話をしている。

 その間、殺姫は消滅していく金属塊を見つめていた。


「終わったね。ようやく」

「百合花さん……? ……えぇ、ようやく」


 神戸で大切なものをすべて奪っていったバルムンクへの復讐が終わった。倒したのがあの時出現したのと同一個体というのも殺姫にとっては功名だった。

 完全にバルムンクが消滅したところで、殺姫はアサルトを地面に置いた。百合花も同じようにして二人でその場に座る。


「お疲れ様でした。今の点数は?」

「九十点。よくやったと自分を褒めてあげたいところです」

「百点じゃないんだね」

「百点になるにはまだ倒すべき相手が残っていますから」


 殺姫が言いたいことを理解した百合花が黙って頷いた。


「もしかして……夜叉?」

「はい。でも、それは厳しいところです」

「あはは。そうほいほい禍神が出てきたらたまったものじゃないからね」


 二人顔を合わせ、笑う。

 殺姫の胸に渦巻いていた黒いものが落ちた気分だ。清々しさも感じる。


「それで殺姫ちゃん。名前、いつ戻すの? 手続きとか面倒なんじゃないかな?」

「うっ……もう少しこの名前で通しましょうか?」

「バレたら怒られるよ?」

「その時はその時です。……でも、百合花。百合花だけは、また皐月って呼んでくれる?」

「いいよ。二人きりの時に呼んであげる」


 百合花がすっと立ち上がった。

 いつの間にか暗くなる空を背に、笑顔で手を差し伸べる。


「お帰りなさい。五十嵐皐月ちゃん」

「ふふっ、ただいま百合花」


 皐月が百合花の手を取った。

 二人は、呼びに来た静香たちに混じって学園への道を歩いて行く。

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