学園都市の戦乙女
黒百合咲夜
第一章 学園都市の戦乙女
第1話 学園都市へ
青い海沿いの道を黒い車が走る。車内には、運転手の女性と二人の姉妹の姿があった。
スーツに身を固めた運転手と、鮮やかな色彩に富む高級そうな服を着た姉の二人も目立つが、それ以上に妹の服装が目立つ。
黒を基調としたメイド服のような凜々しく清楚な学園の制服に身を包み、胸元で揺れるリボンの紐は、一年生ということを示す水色だ。今日、とある学園にこの妹が入学する。
清涼感のある落ち着いた雰囲気の妹を、姉は優しく抱きしめている。自分の胸元に抱き寄せ、頭を軽く撫でる。緊張をほぐすという意味合いがあるが、姉自身がもっと妹と触れ合っていたいという気持ちのほうが大きい。
仲睦まじげな光景。ただ、そこに普通の姉妹とは違う点を挙げるとするなら、それはトランクに積んである妹の荷物だろう。
テニスバッグのような袋に入っているのは、人の背丈ほどある凶悪そうな武器だった。銀光りする刃と、銃口のような機構がファスナーの隙間から確認できる。可憐な少女が持っているものとはとてもじゃないが思えない。
姉が心配そうに妹へと最後の確認を行っている。
「もう大丈夫? 忘れ物なんてないよね? 【リリカルパワー】は溜まってるの? アサルトの整備も万全? 百合ヶ咲は世界有数の激戦区の一つでもあるから、お姉ちゃん百合花のことが心配で……」
「心配しすぎだよ。ほら、フノスもこんなに輝いてる」
妹――百合花が宝石を取り出し姉に見せる。その宝石は、眩いほどに純白の輝きを放っていた。
これは、『フノス』という特別なものだ。所有者が現在蓄積しているリリカルパワーの総量を光の強さで教えてくれるもので、多ければ多いほど眩く輝く。百合花のフノスは、目を細めてしまうほどに輝いている。
リリカルパワーとは、今からおよそ六十年ほど前に、
ホロゥは、ある日突如として現れた正体不明の人類の敵。奴らは、都市を次々に襲っては人々を惨殺、捕食、誘拐といった行為を繰り返し、人類に大きな被害を与え続けてきた。
国連を中心に各国はまとまり、ホロゥに対して徹底抗戦を断行するも、通常兵器ではほとんどダメージを与えることができなかった。
そんなホロゥに対抗する力がリリカルパワーというわけだ。
リリカルパワーは、食事や娯楽などで幸福感を感じることによって蓄積される未知の力。
このリリカルパワーを纏わせた武器でなら、ホロゥを倒すことが出来る。人々は、アサルトという決戦兵器にリリカルパワーを纏わせ、ホロゥと戦う彼女たちを『ワルキューレ』と呼び、最後の希望として彼女たちを支援していた。
その支援の代表的なものに、学園都市というものがある。
学園都市とは、国が運営するワルキューレ育成のために整備された都市のことだ。その都市がある国の政府と国連から多額の予算が割り振られているため、常に最新鋭の教育と娯楽、設備が完備されており、そこで働く人々も経済的に発展しているという夢の都市だった。
だが、ホロゥたちにも知性があるのか、最後の希望であるワルキューレを育成する学園都市は、他の都市と比べてホロゥによる襲撃回数が多かった。
ワルキューレが人類最後の希望なら、学園都市は人類最後の砦。学園都市は、ホロゥの襲撃を受けながらもワルキューレを育成し、世に送り出し続けるという重要な役目を全うしているのだった。
巨大な壁のようなものが見えてきて、車が停止する。学園都市は基本、その学園に通う生徒たちとその町の居住権を持っている人しか立ち入り禁止だ。そのため、運転手と姉の見送りはここまでとなる。
車を降り、トランクから先ほどの武器と寮生活に必要な荷物が入ったキャリーバッグを引いて門に向けて歩く。
近くの駅からは、期待に目を輝かせた今年の新入生たちが歩いてきていた。その光景を見ながら、百合花が人の波に隠れる前に姉が声を掛ける。
「行ってらっしゃい百合花!」
「うん。行ってきます」
「立派なワルキューレになることも大事だけど、楽しむことも大事なんだからね! 貴女は人類の敵と戦う存在であると共に、一人の華の女子高生なんだから」
「うんうん」
「お姉ちゃんがいないからって泣いちゃダメだぞ?」
「お姉ちゃんこそ。私、たまにお姉ちゃんのさみしがり屋をどうにかしてくれって相談されるんだからね」
いつも通りのやりとりを交わし、百合花は門を潜った。守衛の自衛隊員に挨拶し、強いワルキューレへの一歩を踏み出す。
――これは、極東の学園都市の物語。
日本最大にして、世界三大学園都市に数えられる名門校――鎌倉百合ヶ咲学園での物語だ。
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