御伽世界に訪れて
無頼 チャイ
シエラと3匹の熊
「ユーリ〜、サミュエル〜、ガイオン〜……」
青い髪の房を揺らして少女が大地を駆けていた。
大地、という言うには明度がでたらめに上げ下げされていて、カラフルなビーンズを床に散りばめたような道があちこちに伸びていた。
彼女は最初こそ夢だと思いこんで極彩色の上を気ままに駆けていたが、夢の世界で転んだ時に感じた痛みをきっかけに今いる世界に不安を抱きつつ仲間達の名を呼んでさまよっていた。
「ここ、どこなんだろう……」
小動物のように震えながらシエラが森の中へ入る。
「イルカーダにいたんだよね。だからここもイルカーダのはずだよね」
自分の記憶に問いかけると、イルカーダでの思い出がふつふつと溢れる。
ガイオンとガイオンパパの親子喧嘩でガイオンが死にかけたこと。
龍人が私を次期国王にさせようとしていること。
屋台で食べた食べ物の味。
「……そうだ」
ハッとシエラはその出来事を思い出した。
ガイオンママが与えてくれた個室。眠い目を擦りながら扉を開けると、部屋の丸テーブルの上に青い本が置いてあった。
「気になって開いて、それから……あれ?」
その先は思い出せなかった。霧がかかったかのように記憶の眼はその先を照らし出せない。
本のタイトルも思い出せずうんうん唸っていると、ゴロゴロ、とどこからか鳴る。
「お腹空いたな……」
空腹でその場にしゃがみ込み、シエラはぼぉーっと地面を見つめていた。
仕方なく立ち上がって奥へと進む、その度にお腹が鳴ってうずくまるのを数回繰り返す。
食べ物も無ければ人も見つからない。いよいよここがイルカーダなのかも分からなくなって目が熱くなった時、地面の影がスッと消え、ヒホ、という音がして顔を上げた。
「ようお嬢ちゃん。照らしがいのある顔をしてどうしたんだい? ヒホホ!」
「カボチャ?」
目の前にそう形容したくなる人物が立っていた。
服は全体的に整っていて、龍人が着ている上着に似た黒い服。靴はてかてかと光っていて、両手に白い手袋を着けている。
そして、丸い帽子の下に、カボチャ……があった。
カボチャの紳士? がにこやかに立っている。
「う〜。お腹が空きすぎて頭がカボチャに見えるよ〜」
「おいおい。オレチャンの頭なんか見てどうしたんだ」
「え!?」
カボチャ頭の人が急に身体を傾けたと思ったら浮いた。一度目をつぶりゴシゴシと眼を擦ってみたが、やっぱり浮いていた。
「すご~い! 浮いてるの!」
「ヒホホ! そうだぜお嬢ちゃん。オレっちは浮かべるカボチャなのさ。それだけじゃない」
といってその場で身体を捻って天を見上げる。右腕を突き出し、不思議な装飾が施された腕輪が輝き出す。
白い手袋の中心にぼぉっと火の玉が生まれ、どんどん大きくなっていく。
「打ち上げ花火だ! ヒィーホォー!」
わぁっと口を大きく開けるシエラの目の前で、打ち上げられた火球は天を跳び、駆けて、弾けた。
空気が小気味良く爆ぜる。空の住人達が熱い称賛を送っているような音。
それに釣られてか、シエラもすごいすご~いと精一杯の拍手を送っていた。
いつか見た花火を思い出し、同時に感動したことを振り返る。
いつ見ても、花火は綺麗。
「ところでお嬢ちゃん。こんなところで一人でどうしたんだ?」
「あ。そうだそうだ。ねぇカボチャさん。ここってどこなの? イルカーダなの?」
すらっとした腰に手を添えて、どこかに視線を投げ出して悩む仕草。
「イルカーダ? ここは御伽世界だぜ。つか、んんー?」
「え、なになに……」
地面を滑るようにカボチャがシエラの周りをぐるぐると浮動する。その度に、ん~~と唸り声を上げて露出している口元に手を添えていた。
「なるほどな」
「何か分かったの?」
「ああ、全然分からんことが分かったぜ。ヒホ!」
「えぇ」
こてん、と転びそうになったが何とか持ち堪えた。
「お、良いリアクション。オレっち的には80点だな」
「えへへ」
「あーでもなんか小慣れてるようにも見えたな、新鮮な表情とは言いにくいしビミョー。やっぱ60点か」
「えぇ!?」
「ヒホ! そのリアクションは最高だ! 90点!!」
「わーい! ……って違うよっ!!」
頭を振ってシエラがカボチャ頭に詰め寄った。
「ここからイルカーダには戻れないの? そこにユーリ達がいるの! 早く戻らなくちゃ」
きっと心配してる。
いなくなった私を探している三人の姿が思い浮かぶ。ユーリは街中を走って、サミュエルは鳥に乗って、ガイオンは知り合いに聞き込んで。
小さい頭に壮大な捜索劇が繰り広げられる。挙句の果てには剣を振り回すサミュエルをユーリとガイオンが抑えつけて壊れる街を守って……って、大変だ!
「は、早く戻らないとサミュエルが、サミュエルが暴れちゃう!」
「サミュエル? 暴れる?」
「うん! サミュエルはすごく強くてね、すごく無茶するの!」
「ほう、聞けば聞くほど照らしがいのありそうな奴だな」
「そう! 照らしがいのある人なんだよ! 照らしがいのある人?」
ヒホホ。風が凪ぐのと同時にカボチャ頭がハットのつばを優しく指の腹でなぞり、暗赤色の瞳を一段と輝かせて少女を見下ろした。
面白いものを見る目。孤児院で長く子供の面倒を見ていたシエラはひと目でそれが分かった。初めて手にした虫を見るような、木のトンネルを潜った後に見る自然の風景に息を飲むような、そんな目。
「オレっちの名前はジャック。ジャック・オ・ランタン。夜闇に浮かぶ灯りに笑う愛嬌たっぷりのカボチャは大抵オレっちだぜ」
歌うような自己紹介にシエラもうーんと何か考え、ぱぁっと表情を明るくさせた。
「私の名前はシエラ。元気いっぱいジャウロン大好き魔法が使えるシエラだよ!」
「やるじゃねーか、ヒホ!」
明るい日差しと優しい緑の中、二人は通じ合ったかのように手を取り微笑み合っていた。
ぐぎゅるるるー。
「う~、お腹すいたよ」
へなへなと崩れ落ちるシエラ。口をへの字にして見守るジャック。
帰るにしても、ここまでお腹が空いてたら体力が持たない。
じぃーっと、目の前のカボチャを見る。
「じゅるり」
「フヒヒ、オレチャンを食いたいってか。止めとけ、火傷するぜ」
その代わり、面白い所を教えてやる。
囁き声がシエラの耳に通る。
「近くに、美味い料理がある洞窟があるんだけどよ……」
□■□■□
自分と同じ背丈の草を掻き分け、木の根と土で作られた階段を登り、染み入るような陽光に目を細めながらシエラ達はそこに辿り着いた。
「ここに、食べ物があるの?」
「ああ、そうだぜシエラっち」
「シエラっち?」
珍妙な呼び方に気を取られるが、それよりも目の前にあるものの方が気になったシエラは首を傾げてみせた。
「洞穴、だよね」
「そうだぜ」
「食べ物が、あるんだよね」
「そうだぜ」
「う~ん……」
申し訳ないけれど、とてもあるようには見えなかった。
岩肌にぽっかりと空いた洞穴は自然そのもので、誰かがいるようには見えず、ましてや暮らしてるような名残も感じられない。
「う~ん……人が住んでるようには見えないよ」
「お、良い香りがしてるな」
「えぇ? ……あ、ホントだ」
鼻をピクピクと動かしてみる。美味しそうなご馳走の香りが漂っていた。
どこからだろうと小ぶりな鼻をあちこち向けてみる。緑と花と陽の香り、香りが一番強く漂っていたのは、洞穴の方角だった。
「食べるなら今だぜ」
「でも、邪魔になっちゃうよ」
料理があるということは、少なからず人がいて、各々が食べるために用意してある。
そこに割って入って頂いて良いものか。
ぐぎゅるるるー。
「う〜……」
「何を我慢してるんだ。あそこの飯は訪れた奴が食うためにあるんだぜ。何の遠慮もいらねぇ」
「そうなの?」
不安げに見上げると、口の端に笑みを刻んでカボチャが屈んだ。
「カボチャは嘘吐かねぇよ」
「う~ん、そっか!」
茂みから出て洞穴へ駆け出す少女。青い毛先が揺れるのをカボチャはただ見送った。
□■□■□
「ひろーい」
洞穴の中へ進んでみると明かりが灯してあり、さらに進んでみると暖かい雰囲気の部屋に訪れた。
振り子を揺らす掛け時計。植木鉢から元気よく育った広く平たい葉を生やした植物。天井にはランプが吊り下げてあり、小さな火が静かに踊りながら室内を照らしていた。
「サミュエルの小屋より広いかも」
高い天井と大きな扉を見ながらシエラが呟く。
大男でも住んでいるんじゃないかと思う空間に、シエラは身が縮んだような錯覚を覚えつつ散策していた。
「あった!」
四脚のテーブルの上、木のお椀にそれぞれお粥が盛られていた。格子柄のテーブルクロスを引っ張らないよう手を付き背もたれがある椅子に座る。
「う~ん、落ち着かない」
早速食べようと椅子に座ったが、固い椅子は動く度に鈍痛を与え、食べる事に意識が向かない。
「こっちは。う~ん」
別の椅子に座り、確かめるように跳ねてみる。固くはないけどクッションが柔らかくて落ち着かない。
「どうかな? おおー! ちょうど良い!」
三つ目の椅子に座る。固くもなく柔らかくもなく、ちょうど良い。
落ち着いたシエラは匙を取って早速と言わんばかりにお椀の中身を掬う。
「おいしー!」
慌ただしく匙を椀から口へ、口から椀へと行き来させる。お粥は熱くもなく冷たくもなく適温で、シエラが満足する時までちょうど良い暖かさを保っていた。
「ごちそうさま! ふぁぁ〜……」
お腹が膨れると途端に眠気が訪れた。よくよく思い出してみると寝る前で、室内の暖かさと満腹感に心地良さを感じつつ、シエラは他の部屋を物色して周る。
「お!」
ぴょこんと、肩に掛かる髪が跳ねたように見えるほど、シエラは喜々としてそれを見つめていた。
「ベッドだ」
手前から奥に三床のベッドが連なる。走り回った脚が疲れを主張するように重くなる。それを頭がだめだと言うふうに三人の顔を提示し拒む。シエラは困った風に足を退けるも、運悪く悪魔が囁いた。
「ちょっとだけなら、良いよね」
ちょっとだけなら大丈夫、ちょっとだけなら迷惑をかけない。ちょっとだけなら……。
魔法の言葉を繰り返してベッドを選びだした。
「う~ん、う~ん……、これ!」
ベッドの足が長くて二床のベッドに這い上がれない。けれど、最後の一床は高さがちょうど良く、簡単に上がることが出来た。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ……」
すぅー、すぅー。優しい温もりに包まれて、少女は寝息を立てて眠った。
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