第三章 Death Cream

File 46: Say, Good Bye

 体が引きずられる感覚。

 ぼうっと目を開くと、シュウヤが自分の体を担ぎ、ゆっくりと歩みを進めていることに気が付いた。

 どうやら自分の家まで運んでいくつもりらしい。 

 シュウヤ自身も無傷ではないだろうに、優しくて根性のある奴だ。

 ヒバナは指先に血が通ったのを感じると、辛うじて自分でバランスを取る。

 地面にはっきりと足が付くと、シュウヤも親友の覚醒に気が留まったようで、


「起きたか」

「ありがとう、シュウヤ。たぶん、自分で立てる」


 そして、よろめきつつも二本の自分の足で歩き始めた。

 体から生気という生気が抜けてしまったみたいだ。

 あらゆる感覚が遠く、ハッキリとしない。

 シュウヤも疲労困憊のようで、とりあえず家に着くまでは歩くことに集中しようと取り決める。

 口を動かす余裕はお互いに無かった。


「はあ……やっと着いた……」


 小一時間かけて我がアパートに辿り着くと、扉を開ける気にもなれずそのままドタリと倒れ込む。

 戦闘の最中で放り投げたレジ袋等々が散乱しており、それだけは何とか拾い上げると、二人して深い溜息を吐いた。


 どれだけの間戦っていたのだろう。

 辺りはすでに青とも黒ともつかない色に染まってきている。

 早朝と言われればそういう気もするし、深夜と言われればそういう気もする。

 そんな微妙な時間帯。音一つしないせいか、何故だか余計にかじかんだ。


「俺さ、超能力者がこんな近くにいるだなんて思ってもみなかった。まさかヒバナがそれだったとは」


 シュウヤはどこか浮かない表情で、そうぽつりと零し、


「なあ、超能力者って他にもいるのか?」


 とどこか不安げに尋ねてくる。ヒバナは逡巡した。

 質問に答えさえしなければ、友人は普段通りの生活を送れるようになるか、と。

 だが、すぐにもう遅いと判断し、


「……ああ、割と沢山いる」

「そうか。大体分かってきた。でも、どうして殺し合ってんだ?」

「……それを話すと長くなる。たぶん、明日にでも説明されるだろうし」

「? どういうことだ?」

「超能力者の存在ってのは国家ぐるみで隠匿されているんだ。その秘密を知ってしまったら、必ず口止めされる」


 口止め、というのは極限までオブラートに包んだ言い方だ。

 実際には何をされるか分かったものではない。

 さすがに無能力者であるシュウヤの命を奪ったりはしないだろうが、様々な制約が課されるのは間違いないだろう。


「成程な、通りで」

「……本当にすまない。巻き込んでしまって」

「おいおい。何でヒバナが謝ってんだよ」


 シュウヤは苦笑する。


「だがしかしまあ、やっぱりお前の仕事は妹さんには言えそうにないな」

「ああ」

「今度会ったら代わりに謝っといてくれ。約束破ってごめんって」

「約束? ああ、そういうことか。オーケーだ。上手く誤魔化しとくよ」


 段々と話が見えてきた。おそらくシュウヤはチルに頼まれてここに来たのだ。

 わざわざ家の前で張るほど拘っていた理由が腑に落ちる。


 そして、彼はもう妹に会うつもりがない。

 合わせる顔が無いというのもあるだろうが、単純にこれ以上嘘を重ねるのが嫌だという風にも取れた。

 いずれにせよ賢明な判断だと思いつつ、そぞろに空を眺め、ふとシュウヤの言葉を思い出す。


「因みになんだが、あの時俺は嬉しかった。シュウヤが超能力者も無能力者も関係ないと言ってくれて」

「んだよ、改まって。そんなのアタリメ―だろ? 同じ人間なんだし」


 そう、同じ人間。そんな当たり前のことから、自分はずっと目を背けていた。

 身につまされる思いだ。

 だが、これでハッキリと確信を持つことができた。

 共存は可能だ。あとは突然変異という現象を解決するだけ。進むべき道が徐々に輪郭を帯びてくる。


 しばらく、二人で茫然としていたが、朝靄がかかり出した頃合いにシュウヤは立ち上がり、


「誰に口止めされるのか全然分かんねえけど、まあ、楽しみにしとくぜ。とにかくお互い無事でよかった。今日のところはここらで帰って、ぐっすり寝るわ」

「おう。気を付けてな」


 微笑すると、フラフラと歩き出すシュウヤ。

 が、下に向かう階段に差し掛かったところで、思い出したように突然足を止め、


「……最後にひとつだけ訊きたいんだが、ヒバナは人を殺したことがあるのか?」

「……ノーコメント、でいいか」

「お人好しのお前のことだ。何かしら事情があるんだろう。俺は勝手にそう思って、納得しておく。まあ、なんだ。頑張れよ」


 そう言い残して、シュウヤは帰っていった。

 人の気持ちの分かる良い奴だとしみじみと思う。彼の期待を裏切らないためにも、必ず悲願は達成せねばなるまい。


 カズは「やられたほうは忘れない」と言っていたが、元々の被害者は無能力者だ。

 その無能力者がああ言うのであれば、結局は時間の問題であるように思う。

 現状覇権を握っているのは超能力者ではないので、自尊心の問題とか色々あるんだろうが。

 共存に向けて一歩踏み出す充分な妨げにはならない。


 とにかく、ヒバナは今回の襲撃を通して、自分の考えにある程度自信を持つことができた。

 これで迷わずにいられる。それ自体は前進であり、喜ばしいことなのだが、ヒバナの胸中には心がぽっかり空いてしまったような一抹の寂寥感があった。


「――さよなら、シュウヤ」


 これからCPAに報告を入れなければならないが、憂鬱である。

 なぜならば、予防措置としてシュウヤと接触するのを禁じられるに違いないからだ。

 おそらく、今度は偶然出会うことがあっても、お互いに無視をすることになるだろう。

 つまり、これが事実上の決別だった。



「えー? ヒバナくん。困るなあ、勝手なことされちゃ」

「……はい、すみません」

「キッカは出払ってるから私が代わりに忠告しておくけど、本当、気を付けてね」


 翌日、CPA内の取調室のような場所で、ヒバナは事細かく詰問されていた。

 相手は如月レン。Ⅲ課のヘッドであり、優雅な和服を常に着こなしているあの人だ。

 彼女は「困った困った」と嘯きながら、ヒバナの報告書をつぶさに読む。


 それでも口元の笑みは絶やさないあたり余裕とも見てとれるが、一方で「普段優しい人を怒らせると怖い」という言説が思わず頭をよぎるほど底の知れない威圧感があった。


「色々言いたいことはあるんだけどさ。一番問題なのは、一般人に超能力者の秘密を洩らしたことね」

「……承知しています」

「言い訳があるのは理解できるわ。今回の件、貴方は悪くないもの。どちらかと言えば被害者だわ。でもね、貴方は図らずとも友人の人生を大きく変えてしまった。その自覚はある?」


 小さく頷くヒバナ。

 実際、それは頭の痛くなるような問題だった。

 今後は今まで以上に、無関係の周りの人間を巻き込まないようよく注意する必要がある。


「……まあ、いいわ。反省しているみたいだし。同じようなことが続くならさすがに処分せざるを得ないだろうけど。それはそれとして、このカズとモグリの記述に関してはお手柄ね」

「……ありがとうございます」

「モグリの能力は長らく憶測でしかなかった。しかし、『筋量増強』と判明した今、脅威はひとつ取り除かれた。打てる手は格段に増えたはず。カズの夜に紛れる能力も知ってさえいれば、恐るるに足らないわ」


 不幸中の幸いと言うべきか、失ったものは決して小さくはなかったものの、得たものは確実にあった。


「そうですね。夜中に戦わなければいいだけですし」

「ええ。それに、奴らの目的が割れたのも大きいわ。まさか内通者の確保とは。考えなしに暴れ回る荒くれ者だとばかり思っていたけど、結構したたかね。注意喚起しとかないと」


 内通者の確保及びCPA本部への到達。

 それが何を指し示すのかは分からないが、事が徐々に動き出しているのは明白だった。

 未曽有の嵐がすぐそこまで来ている。

 今までの戦いとは一線を画すものになることは、相当に覚悟しておかなければならないだろう。


「うーん、でもこの報告書、何か違和感あるわね」

「そ、そうですか?」


 ギクリとするヒバナ。

 全てのヘッドはキッカと同様、嘘発見器を携帯している。

 あまり突っ込まれすぎるとボロが出てしまうだろう。

 平静を装いながら、ヒバナは極力他のことを考えるに努めた。


「2人を殺すタイミングはあったように見える。どうして? もしかして迷った?」

「いえ、決して迷ったわけでは……体が思うように動かなかっただけです」


 整った顔がズイと前に出されて、ヒバナを覗き込むようにじっと睨んだ。

 やばい。怪しまれている。

 共存云々の思想以前に、カズたちの考えになびき、わざと逃がした可能性を疑われているのだ。

 そんなことはない。自分は嘘を吐いていないと暗示をかけ、何とか落ち着くよう全神経を集中させる。


 しばらくすると如月は怪訝な表情を柔和な笑みに変え、


「うん。嘘を吐いているようにも見えるけど、悪いことを考えている顔じゃないわ。組織に忠誠を誓えるなら、今回は見逃してあげる」


 そう言うと、如月はどこからともなくお菓子の箱を取り出す。

 そこには個別に包装された菓子が、きちんと整列して並べられていた。

 淡い色使いを見るに、和菓子だろう。


「あの、これは?」

「酒粕饅頭。私の好物なの。おひとつあげるわ」

「……ありがとうございます。有難く頂きます」


 CPAに入って以来、こういうもてなしを受けるは初めてだった。

 業務に関係ないことをする文化が殆ど無く、横の繋がりも希薄。

 そのせいか、小さな気遣いひとつで怖い人であるという印象を簡単に改めた。

 我ながら懐柔するのに時間がかからない奴だと苦笑し、部屋を出て行く如月を見つめる。


 いくらか考え事をしながら、自分も部屋を出ようと起立。

 その際、貰った饅頭を手で持とうとすると、全然掴むことができなかった。

 あったはずの場所をまさぐっても空振りするのだ。


 おかしいと思って視線を向けると、目がパキッているおじさんが自分が貰ったはずの饅頭を、勝手にもしゃもしゃと食べていた。


「ど、どわああああああ!?」


 不意をつかれ、驚くヒバナ。

 しかし、どこかで見た事のある顔だと思い至ると、記憶の海原を探し始める。

 そして、はっと思い出し、


「木島サスケ捜査官……」

「よお」


 Ⅰ課のヘッド、木島サスケ。

 彼は饅頭をゴクリと飲み込むと、ヒバナの顔を下から覗き込んだ。

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