File 14: Judgment

 学校で起きた惨劇は一旦ヨウカ、タイキ、カオルの3人に任せ、キッカとヒバナは江口の行方を追っていた。

 既に学校は後にしたという情報を聞きつけ、とりあえず彼女の家に直行する。

 雲行きが怪しくなってきたため、もう何処かに逃げ出しているのではという不安が頭をよぎったが、幸いなことに江口は自身の家にいた。


「公安です。江口レイナさんに少し、お話を伺いたくて」


 江口の母らしき人物は、訝しみつつも2人を家に招き入れる。団地の、いたって普通の部屋だ。冷蔵庫に貼られたマグネット、特売のチラシなど、生活感に溢れている。

 

 進んだ先に一人の少女。

 雑に切られたショートヘアに、鬱々とした瞳。母親に似ており、飛び抜けた美人ではないものの、暗い印象さえ無ければどこか愛嬌を感じる顔立ちだと言える。それはモニタールームで見た顔と全く同じだった。


「初めまして。七海キッカです。こちらは武本ヒバナ。本日は爆発事件について事情を伺いたく参りました」


 こちらが表面上へりくだった態度を取ると、江口は口を開き、


「……はあ。何かあったんですか?」


 ととぼける。

 さも本当に知らないような表情だったので、ヒバナは少々面食らった。


「実は本日の午後、空条高校で爆発がありまして。爆発の規模自体は大きくなかったのですが、その拍子に阿笠ネムさんが階段から足を滑らせ転落。病院で治療を受けていましたが、先程死亡が確認されました」

「えっ……」


 江口は信じられないという顔になり、やがてぼろぼろと涙を流し始める。生死の境を実感した時に、無条件で湧いてくる涙。毎日顔を合わせるクラスメイトであれば、なおさら出やすいものだろう。

 彼女はしばらく嗚咽混じりに泣き続け、自分たちは介抱に回る。落ち着くと、ひくりと喉を震わせ、


「……すみません。あの阿笠さんが……そんなことになっているとは思わなくて」

「心中、お察しします」


 ここまでは疑う余地のない、いたって普通の反応だ。特にこれといった演技っぽさもない。もし本当に彼女が犯人ならば、相当な名優だと言えるだろう。


「それでですね。やはり爆発が原因ということで、何かご存知のことはないかと。どんなに小さなことでも構いませんので、変わったところとか」

「変わったところ……いえ、特には」


 キッカは更に切り込む。


「実は犯行の傾向からしてですね、超能力者の仕業じゃないかと考えてるんですが」

「超能力者? 今時いるんですか、そんなの」

「ええ、まあ」

 

 じっと江口を見据えるキッカ。その視線は明らかに反応を観察している。


「単刀直入に聞きます。江口さん。あなたは超能力者ですか?」


 核心に迫る質問。おそらく、嘘発見器にかけるためのものだろう。

 

 随分と大きな賭けに出たな、とヒバナは思う。

 ここはいわば相手の城のような場所だ。どこに危険が散りばめられているか分かったものではない。自分が疑われていると知れば、行動を起こさない人間はいないだろうし、それだけ危険が伴う。

 だからこそ自分がいるのだろうが、突然の切り返しに慌てて身構える体たらくだった。


「わ、私が超能力者……? まさか疑って……」


 江口は焦りと戸惑いを見せる。


「ああ、いや。何でもないんです。違うなら、それで。今の質問は忘れてください」

「……」


 怪訝な表情になる江口。犯人だと疑われて嬉しい人間も滅多にいないだろうから、これも当然の反応だろう。キッカは少しだけ不満そうな顔になり、そして立ち上がる。


「では、私たちはこれで。くれぐれも爆発物等には近づかないようにしてください」


 こうして、キッカとヒバナは江口の家を後にした。

 思ったような収穫は得られていない。それはキッカの浮かない表情からも明らかだった。防犯カメラに映っていた空条高校の生徒は江口レイナただ一人。当てが外れたとなると、捜査は振り出しだ。


 人の出入りを見張るような格好で、団地の前に車を止める。刑事ドラマとかでよく見るシチュエーションだ、と興奮する自分がいたが、表に出せるほど状況は良くない。車内に漂う重たい空気をどうにかせねばと、ヒバナはできるだけ気丈に話しかける。


「それで、嘘発見器の判定はどうだったんですか?」

「……ブルーだ。つまり、彼女の言っていることに嘘偽りは無い」

「そんな……」


 予想はしていたが、難解なことになったと言わざるをえない。あれだけ突っ込んだ質問をしたというのに、判定はブルー。江口レイナは超能力者ではないということだ。


「そもそも前提が間違っている可能性――例えば、この事件が超能力者によって引き起こされたものではないとしたら……」

「いや、それはないだろう。普通、なんらかの爆発物が現場に残るはずだ。全く無いとなると、まだ超能力の仕業だと考えたほうが辻褄が合う」

「じゃあ、犯人は何か爆弾のようなものを置いているという予測が違う可能性は……」

「それはありえる話だ。否定はできない」


 つまり、監視カメラの映像から割り出した「江口レイナ」という人物が、まったくの無関係である可能性は捨てきれないということ。彼女はあの日たまたまあの場所にいて、運悪く自分たちに目をつけられてしまった。もしそうだとしたら、真犯人の思う壺だ。


 キッカは神妙な面持ちで黙り込み、やがて口を開く。


「……もう一つ、可能性がある」

「というと?」

「嘘発見器の精度は決して低くないとはいえ、完璧ではない。故障だけじゃなく、観測条件の不備などによっても大きく左右される」

「へえ、そうなんですね」

「だが、今回は特にそういった不備は見られなかった」

「ダメじゃないですか」

「そこで、だ」


 苦々しげな声で、以下のように続ける。


「もし江口の精神が、既に嘘発見器でも検知できないほど強靭なものになっているとするなら――」


 ぞくり、と背筋が震えた。

 嘘発見器は平たく言えば「動揺」を発見する機械。原理上、対象が動揺を一切見せなければ、判定は上手く機能しないだろう。

 彼女は核心を突かれてもなお、動揺しなかった。そう考えれば、防犯カメラの映像も嘘発見器の結果も説明がつく。

 

 だが、理屈は分かるが、正直そんなことがあり得るとは思えなかった。やましいことをつつかれ、動揺をゼロにできる人間なんて、この世に存在するのだろうか。もしそのようなことができる人間がいるとするのなら、サイコパスか、よほど強い信念を持っているかのどちらかだ。

 

 後者である場合、それは最悪のパターンと言えるだろう。強い信念。爆発能力となると、テロリズムのような良からぬことを考えても不自然ではない。


 嘘発見器が通用しない以上、実際に超能力を使うところを抑えるか、絶対的な確信を得られる状況に陥らせるか――どうにせよ、相手の超能力の全容が不明瞭なままでは進むものも進まない。

 

「……とりあえず、また張り込みですかね」

「ああ」


 地道な捜査だ。解決の糸口がいまだにはっきりとしない。

 超能力による事件が起きるたびに、いちいちこういうことをやっているのだと考えると、やはり非常に大変な仕事だと思った。どんな超能力者でも問答無用で殺すということは、まったく痕跡を残していない相手も捜査しなければならないということだ。

 ヒバナ自身も痕跡という痕跡は残していなかった手前、その裏側に隠された地道な労力を想像し、ぞっとした。

 

「――そういえば、俺の時って捜査とかどうしたんですか? 俺、別に超能力使ってなかったですよね」

「あの時はIII課の人間が芋づる式に君を見つけた」

「そういう能力を持っている人がいるんですか?」


 キッカは首を縦に振る。


「過去視の能力。それで君が能力を使い、猫を助けているのを偶然、な」

「あー……なるほど」


 もう何年も前の話だ。

 猫が車に轢かれかけているのを見つけて、いてもたってもいられず、仕方なく能力を使ったことがある。すぐに変身を解いた上に目撃者もいなかったので大丈夫かと思っていたが、盲点だった。


「えっと。じゃあ、その人にこの爆破事件の捜査って頼むことって……」

「他の課から助っ人を借りることは割とよくある。だが、あいにくIII課の彼は多忙でな。加えて、能力にデメリットもある。簡単に呼ぶことはできない」


 たしかに過去視だなんて捜査におあつらえ向きの能力、引っ張りだこに決まっているだろう。超能力者による事件はここだけじゃなく、日本各地、いや世界各地で起きている。仕事量は半端ではないはずだ。


 その後、二人でお通夜のように黙々と思考を巡らすも、結局良い案は思い浮かばなかった。

 キッカからしたら、今日ここで勝負を決めるつもりだったのだろう。予想外の結果に困惑し、思案を余らせているようだった。

 

 爆破事件の捜査はここで再び膠着の様相を見せる。

 死人が出たのにもかかわらずこのザマでは、無能と誹られても文句は言えまい。

 一刻も早く犯人を捕まえなければ。新たな被害者が出るのだけは、絶対に防がなければならないだろう。

 焦りつつも、事件を待つことを強要され、もどかしさを感じざるをえない概況だった。

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