File 13: One murder makes a villain; millions a hero.
そこにあったのは鮮烈なまでの赤い血溜まり。
状況が上手く飲み込めず、私は思わず引き返した。
(どうして? どうして?)
心臓の鼓動が早まり、冷や汗が体中から噴き出る。私は罪悪感から逃れるべく、無意識のうちに足早に逆方向に歩いた。
阿笠の鞄を爆破した。
そこまではいい。だが、決して人を殺せる威力ではなかったはずだ。では、なぜ阿笠はああなってしまったのか。網膜に焼き付いた映像を必死に再生し、惨状に至った原因を考える。
阿笠が倒れていたのは階段の真下。つまり、彼女は鞄が爆発し、急に燃え上がったのにびっくりして、足を滑らせた。そして、頭から落下。運悪く受け身が取れず、その頭蓋をかち割った。
誰がどう見てもその筋書きしかあり得ないと思うだろう。私だってそうだ。だが、信じたくない自分がいるのは、紛れもない自分自身が根本的な原因であることを認めたくないから。
私がそもそも爆発なんてしなければ、阿笠は死ぬことはなかった。いや、死んだかどうかはまだ決まったわけではないが――常識的に考えて、あのような取り返しのつかないことにはなっていなかっただろう。
全部私のせい。
殺すつもりはなかった。せいぜい驚かして、悪意を向けるだけのつもりだった。なのに、どうしてこうなってしまったのか。
帰ってからも動悸が収まることはなかった。
人を殺したかもしれない。その事実がナイフのように、自分の心をずたずたにする。
クソ嫌いな人だった。
何度死ねばいいのにと思ったかはしれない。だが、それはあくまでも外因によって、だ。直接手を下して葬ろうだなんて、想像したことがない。そこまでの覚悟は、到底持ち合わせてはいなかった。
まずいことになった。
私は過ちを犯した。
これは復讐だなんて範疇を超えているだろう。こうなった以上、いっそのこと自首とかしたほうがいいのではという考えが頭をよぎる。
だが、どうしても決心がつかない。
頑なに、罪を認めたくはなかった。
悪いのは本当に私か? 殺されるようなことを最初にしてきたのは向こうでは?
巡り巡って、そんな思いがふつふつと湧き上がる。そうだ。あいつは殺されて当たり前。それだけのことを私にしてきた。これは天罰だ。
陰湿な悪意と、失命とは釣り合わない。そう言う人もいるだろう。だが、私はそうは思わない。閉鎖的なコミュニティで、人間扱いされないことがどれだけ辛いことか。私は治らない心の傷を負った。他人を簡単に信用できなくなった。
だから、私は悪くない。
悪いのは彼女。
もっと言えば、悪意をひた隠し、陰湿な加虐を可能にする人間社会の構造そのものだ。
なぜ私が罰せられる必要がある?
おかしいだろ。
(しかし――)
このようなことは歴史上、ずっと行われてきた。であるのに、いまだ解決していないのはどういう理屈なのだろう。これを取り除かなければ、根本的に何も進歩していないのと一緒だ。どうして今まで放置されてきた?
(いや、誰かが解決してくれると思っちゃダメなんだ。私がやらないと。他でもない、超能力に恵まれた私が)
私は歪な使命感に駆られた。
覚悟を決めたと言ってもいい。とにかく、引くわけにはいかなかった。正しい罪を示すためには、枠組みのほうを変えるしかない。だから、新たな目標を設定する。
私はおかしな常識を変え、世界を変える。
人が内包する巨悪を白日の下に晒し出し、浄化を始めるのだ。「悲しみのない世界」をつくるために。彼女の犠牲は、その序幕でしかない。
「……」
そんな壮大なことを考えていると、家のインターホンが鳴った。ほどなくして、とたとたと、母が階段を上がってくる音が聞こえる。
「レイナちゃん、お客さま? よ」
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