File 11: Clue

「なあ、ヒバナ。どうしたよその顔」


 学食でカツ丼をかきこみながら、何気なくシュウヤが尋ねてくる。

 空条市の爆発事件の捜査を初めてから、かれこれ一か月。終日張り込みっぱなしの激務であったためか、ヒバナの顔色はひどいものだった。

 

 どうやらキッカの言葉が効いたらしく、トラックの爆発以降被害は出ていない。それはとても喜ばしいことである一方、捜査の進展はあまり見られなかった。このまま雲隠れでもされたら、たまったものではないだろう。事実、こういうケースは珍しくないそうだ。一般人を極力巻き込んではいけないとはいえ、これではあまりにも分が悪いと言わざるをえない。何か秘策でも隠し持っているのだろうか。


 そんな思考の渦の中、とりあえず動かぬ口を無理矢理動かし、ヒバナはシュウヤの疑問に答える。


「ああ、ちょっと寝不足で」

「まるでミイラみたいだぜ。休んだほうがいいんじゃねえか……っつても、お前ここ最近学校来てなかったけど」


 高校にはあまり来れていない。もう既に普通の進学はできないので来る必要は無いのだが、未だに通い続けているのは不安だからだ。惰性と言い換えてもいいだろう。せめて高校だけは卒業しておきたい。だが、現実問題として難しい。そのせめぎ合いの末の、惰性だ。


「……心配サンキュー。そうだな、少し休んだほうがいいかもしれない」

「おっ。じゃあ、これ渡しとくわ」


 そう言って、シュウヤはCDを手渡してくる。


「……なにこれ?」

「なんだとお? ヒバナ知らないのか。今売り出し中のパチパチ感電アイドル、トールちゃん。その初のソロシングルだ」

「いや、それは分かるけど……どういう思考回路で疲れてる俺にこれを渡すんだ」

「推しの歌声でぐっすり安眠! 回復! 絶好調!」


 「熊みたいな見た目しやがって、森に帰れ」という罵倒が口をつきかけるが、本人が真面目な手前、さすがに可哀想だと思ったので、


「……分かった。ありがたく貰っとくよ」


 と無難な受け答えをする。


「このアルバムの聴きどころはだな……」

「おっと、すまん」


 シュウヤがまた要らぬ解説を始めようとしたところで、ちょうどよくヒバナのスマートフォンが鳴る。助かったと言わんばかりに勢いよく席を立ち上がり、シュウヤに断りを入れ、外に出た。


「――え? 四度目の爆発?」


 キッカから至急指定の場所に来るよう言われたので、ヒバナは大急ぎで学校を後にする。変身しなければ本来の力は出ないが、そうでなくとも普通の人間よりは高い身体能力を発揮できる。よって、ヒバナはタクシーやバスを使うより走ったほうが早いと判断し、風のようなスピードで通行人の度肝を抜きながら急行した。



 キッカは舌打ちをする。

 急いでいるのにも関わらず、前の車が煽ってくるからだ。車線を変更しようとすると、執拗に前を塞いでくる。二、三度繰り返したところでキッカはフェイントを入れ、一気にアクセルを踏み込んだ。そして車体すれすれで横を抜ける。顔に見合わない荒い運転に、煽り運転をした輩はポカンと口を開けていた。


 一方のキッカは表情を変えないまま、何事もなかったかのように事件の説明を始める。


「久しぶりの爆発だが、今回も怪我人が出た。あの高校の生徒だ」

「……こちらのマークはお構いなしですか」


 代わる代わる高校を見回ったりしていたが、やはり抜け穴があったらしい。さかしいことだ。しかし、いよいよ動機が好奇心にしては説明がつかない犯行だろう。明確な目的意識。多大なリスクを払ってまで、人に危害を加えることで相手は何をしたいのか。


「もしかしたら、あと数人……いや、数十人規模の被害は覚悟しないといけないかもしれない」

「そうなると、捜査はより難しくなりますね。学校はパニック状態になるはずですし」

「ああ。厄介だ。情報規制も限界がある。後処理班に怒られないよう、何とか被害を最小に抑えたいが」


 唇を噛むキッカ。


「とにかく、被害者に事情を聞かないことには、な」


 そう言って彼女はさらにアクセルを踏み込み、快速を飛ばした。



 今回の被害者は、端的に言えば軽傷だった。急にカバンが爆発して驚き、手を擦りむいた程度。トラックの運転手も結局そこまで大きな怪我ではなかったのもあり、何か傷つけるのが目的にしては手加減のようなものを感じる。

 1回目の爆発はより大きかった。だから、そもそもの威力が決して低いわけではないのだろうが――こうなると、ますます相手の目的が分からない。被害者の交友関係に、特別問題があるようにも思えなかった。

 

 驚かして、自分の能力を誇示したいだけ?

 その可能性はある。つまり、捕まえられるなら捕まえてみろとこちらを挑発しているのだ。幼稚で理解に苦しむ動機だが、だからこそ人間らしいといえば人間らしい。


 だが、もし仮にそこまで好戦的ならば、あのタイミングでわざわざブランクを空けるだろうか。単純に、キッカの「旅人」という言葉に怯んだだけとも受け取れるが。

 

「しかし……また様子見ですかね?」

「……釘を刺したにも関わらず敵は動いた。悠長なことはしてられないだろう」

「じゃあ、どうするんですか?」


 キッカはしばらく考え込んだ後、


「そういえば、そろそろ解析の結果が出るはずだ」


 と小さく呟く。するとちょうどよくスマートフォンが鳴り、彼女は通話を始めた。


「――了解だ。すぐに向かう」


 話し終えると、キッカはすぐさま歩き出した。ヒバナは慌てて追いかけながら、尋ねる。


「あの、一体何が」

「監視カメラの解析結果が出た。本部に戻る」

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