File 10: Cold-Blooded

 目の前の男は、99パーセントの確率で超能力者だ。だが、何かの間違いが起こってはいけないだろう。もし一般人を屠ってしまった場合、当然だが重大な責任がつきつけられる。そこでヒバナは渋々考えを改め、確認することにした。

 

「……あなたには今、超能力者であるとの容疑がかけられています」

「だから……?」

「だから、もし罪が確定した場合、命の保証はできません」

 

 まさか自分の予想が当たっているとは思っていなかったのか、男は焦点の合わない目で項垂れた。

 そして、やっとのことで自身の置かれている状況を飲み込んだらしく、見せかけだけは落ち着き払い、

 

「その姿。さしずめ、お前も超能力者なんだろう。何の義理があって超能力者が超能力者を殺そうとしているのかは知らんが――こんなことしていても何の得にもならないぞ」

「そうですかね? まあ、どうでもいいです」

「どうでもいい? はっ、笑わせてくれるじゃねえか。あのな。まず、罪ってなんだよ。俺が何したっていうんだ」


 多くの超能力者は確かにここで困惑するだろう。安穏と生きてきて、殺害に値するほどの罪は犯していない。それなのに、いきなり何者かも分からない人間に処刑宣告をされるのだから、理不尽さを覚えるなというほうが無理がある。


「罪……それは超能力者として生まれたことです」


 男は絶句した。だが、次の瞬間には覚悟を決めたように、薄笑いを浮かべ、


「そうか、そういうことか。お前、無能力者の犬か。そんでもって、超能力者は問答無用で殺さなけりゃいけないっていう法律が裏にあるんだろ」


 ご明察、とヒバナは心の中で男を讃える。絶体絶命の状況で、よくここまで頭が回るものだ。

 

「若い頃、仲間が次々と消えていくのを見て、薄々勘づいてはいたが……なるほど。きついな、これは」


 男はどうやら、二十年前の大災害直後に起こった、あの凄惨な迫害からの生き残りらしい。ということは、少なくともその頃から超能力を保持していたことになる。ヒバナからしたら大先輩だった。


「でもよ、俺の能力は『金属を食べられる能力』だぜ? 人に害は及さねえ。だから、頼む。見逃してくれ。俺には妻と子どもがいるんだ」

「……無理です。超能力者には、つねに突然変異の恐れがあるので」


 人に害を及ぼさない能力。それはつまり、利用価値が低いことを意味する。だから、捜査官には適さない。だから、生かしてはおけない。強すぎても駆除対象だが、弱すぎても同様なのだ。

 その道理を説明するのは何となく憚られ、ヒバナは唇を噛み締める。震える手を抑え、つとめて気丈に振る舞い、


「最後に、何か言い残すことは」


 と最終通告を言い渡す。男は暴れることもなく、自身の最期を完全に受け入れたような表情で、視線を落とした。


「この際だ。俺はもういい。充分生きたからな。だが、残された子どもたちはどうなる。せめて金くらいくれたっていいじゃねえの」

「ご心配なさらずに。貴方の死は、法外な値段の保険をかけた上で事故死として処理します。ご遺族の方の金銭的な憂慮は無いかと」

「……そうか。なら、後腐れなくいける」


 ヒバナはそれを聞き、満を辞して男の首を掴もうと手を伸ばす。すると男はまだ言い足りないのか、絞り出すような声で忠告を始めた。


「最後に言っておく、若いの。お前は俺を殺すのに躊躇いが無いように見えるが――人間はどこまで行っても結局人間だ。必ず後悔する羽目になるぞ」


 そうですか、とヒバナは消え入るような声で返答。そのまま男の首を絞めると、爪が肉に食い込んでいった。かひゅっという肺から空気が漏れ出る音がし、口の端から泡が垂れる。男の顔が林檎のようになると、同時に白目を剥いた。そして、しまいに首を切り落とす。返り血が顔を濡らすも、ヒバナは表情ひとつ変えることはなかった。


「終わったか」


 新人の初の大役を後ろから見守っていたキッカが、ここでようやく姿を現す。さすがに場数を踏んでいるからか、血みどろの現場を見ても動揺はしない。

 

「どうだ、実際にやってみて」

「思っていたより、大丈夫そうです」


 これが仕事だと割り切れているからか、精神衛生はそこまで悪くならなかった。超能力者は突然数十万人の規模の人を殺しうる。だから、自分のやったことは裏を返せば人命救助に他ならない。踏み切った動機としては妹のためが大きいとはいえ、いざこうなると誇りのようなものすら湧いてきていた。人のため、世のため、自分は超能力者を殺している。つまるところ単なる正当化でしかないのだが、そういう客観的な視点は実際に手を汚すたびに薄れていってしまうような予感があった。


「それで、どうするんですか。この死体。このままここに放っておくわけにもいかないでしょう」

「ああ、それなら心配ないよ。うちの後処理班は優秀だから」

「後処理班?」

「一応、説明したはずだぞ」

「す、すみません」

 

 キッカは嘆息し、


「まあ、そういうこともある。後処理班ってのはその字の通り、事件後に現場の後処理をする集団のことだ。彼らがいる限り、たいていのことはどうにかなる」

「具体的にはどのレベルまで解決できるんですか?」

「さあ。あまり事を大きくしないでくれとはよく言われるが」

「……なるほど。分かりました」


 おそらく、キッカですら具体的なことは何も知らないのだろう。自分たちがやらなければいけないのは、超能力者を駆除し終えたら後処理班に連絡すること。ただ、それだけ。それだけを盲目的に行なっていれば、たいていのことは何とかなる。あくまでもたいていのことは、だが。

 あまり事を大きくしすぎると、彼らの処理のキャパシティを超えてしまう。だから、わざわざ超能力者を人気のない場所に移動させたりしなければならないのだろうが――仕事量的には彼らのほうが大変に思えるので、これ以上は悪く言うまい。

 

 ヒバナはキッカに後処理班の番号を教えてもらい、通話する。到着時間を確認し終えると、微塵も余韻に浸らずにスマートフォンを仕舞い、踵を返した。その様子を見たキッカは少しだけ驚いたような表情で、立ち止まる。ヒバナは振り向きつつ、訝しみ、


「どうしたんですか。早く持ち場に戻りましょう」

「ああ、そうだな」


 そう答え、思い出したように歩き出すキッカ。さすがの彼女でも、ヒバナの変わりようには驚いていた。つい最近まで人を殺すどころか殴ったこともないような少年が、何の疑問も持たず淡々と職務を全うしている。それほど空条市での爆発事故が気がかりなのだろうか。


(いや、あれはまだそこまでの被害は出ていない。この子は根本的に良い人なんだ)


 ひとたび「良い行い」であると認識すれば、盲目的にそれを遂行する。疑問を持たないわけではないが、その頻度は限りなく少ない。つまり、良い人間であろうとしているからこそ、きっかけさえあれば命を奪う行為に躊躇が無いというわけだ。それは皮肉な話にも思えた。


(まあ、まだどうなるか分からないが――)


 罪の重さに耐えきれず、脱走を試みた超能力者は腐るほどいる。彼にこの仕事の適性があるかどうかは未だ判断しかねるが、中々面白い素質を持っていると見えた。良い人間であるほど、優しくも残酷にもなれる。その新しい発見に、キッカは少しだけ鏡合わせのような親近感を覚え、ただの自惚れであると首を振った。

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