第二章 Beat it

File 8: Daydream

 白いワンピースを着た、セミロングの少女。年齢は小学校低学年くらいだろうか。とても綺麗な顔立ちで、年端に似合わぬ妖艶さを醸し出している。


 家の鍵は確実に閉まっていた。

 窓も開けていない。それなのに、この少女はどこから入って来たのか。


「あなた……誰?」


 勝手に部屋に入ってきたので本来ならば𠮟りつけるべきなのだろうが、不思議とそういう気にはならなかった。まじまじと見つめていると、どこかで会ったことのあるような懐かしさまで覚える。


「初めまして。私は旅人。悠久の時を生き、胎動を巡る存在よ」

「たび……びと?」

「そう、旅人。で、今日はあなたの誕生日。それを祝いに来たの」


 おめでとう、と少女は鈴のような声で言う。


「誕生日? 私の誕生日はまだ半月も先なんだけど」

「違うわ。それは古い誕生日。今日を境にして、あなたは生まれ変わるの」

「ど、どういうこと?」

 

 彼女が何か特異な存在であるとはいえ、いきなり現れた少女にそんなこと言われても、さすがに信じることはできない。生まれ変わるだって? 私は死んだっていうの? 様々な疑問が次々と湧いてくる。


「あなたは超能力を得た。ほら、分からない?」


 言われて初めて、今まで感じたことのない感覚に気が付く。遠くで何かが光っているような、ぼやけた感覚。ちょうどサーモグラフィーで通した時にそこだけ赤くなっているような、視覚的な映像が幾つも流れ込んできて、少し驚いた。


「これは……私の髪?」

「そう、髪。試しに起爆してみましょう」


 髪を起爆とは、普通であればセットにならない並びだが、不思議と言っている意味が分かるような気がした。爆発させる感覚。見たこともやったこともないのに、何故か本能的に体が理解している。

 頭の中で強く念じると、遠くにある自分の髪の毛が大爆発を起こしたという情報が、電気信号みたいに伝わってきた。


「……今の、本当?」

「ええ。紛れもない事実よ。じきに分かるわ」


 感覚としては分かったものの、未だに信じることはできない。自分の髪が爆発して、物を壊したなんて。現場ではおそらくめらめらと火の手が上がっているだろう。怪我人なんかも出ているかもしれない。もし仮に私が本当に超能力を獲得したというのなら、それが全部、全部私のせい――唐突に訪れた罪悪感に眩暈を起こしそうになる。


「その力をどう使おうとあなたの勝手。陰ながら、応援しているわ」


 旅人は微笑する。

 瞬きした次の瞬間には、すでにそこにいなかった。


「一体、あの子は……」


 あまりの出来事にしばらく呆然とする。

 旅人という少女が、私が超能力を得たことを伝えに来た。まるで神のお告げみたいだ。

 

 歴史という教科はあまり好きではなかったけれど、この際、教科書を引っ張ってこざるをえない。

 ぱらぱらとページをめくり、過去の超能力者について調べる。そのどこにも「旅人」なんていう単語は見つからなかったが、やはり誰しも私と同じように、突然力に目覚めているようだった。気になるのは、二十年前の「大災害」以降、超能力者が発現したという記録が無いことだ。迫害され、駆逐された超能力者たちは忽然と姿を消した。絶滅したと考えられる、と教科書には記載がある。だが、現に自分が超能力を新たに獲得したとなると、これは嘘っぱちであろう。


「まあ、あまり人に見せるのは危険かな」


 大災害の遺恨が根深いので、過激な思想の人間に見つかれば、殺されるのは避けられない。幸い、自分の能力は遠隔で操作できるものなので、そのリスクは低いと思われるが、注意しておくことに越すことはないだろう。


 今度は、ネットを使って情報を集める。

 だが、「超能力」と検索しても出てくるのは過去の事象ばかりで、目新しいことはなかった。SNSに至っては、信憑性に欠ける陰謀論などしかヒットしない。

 そうして徒然にページをスクロールしていると、


「あ」


 空条市で原因不明の爆発というニュースが目に入った。場所は、自分が感じていたあの髪の毛の位置とぴたりと同じだ。つまりこの瞬間、自分の超能力が本物であることが証明された。

 

 私は自分の髪の毛を、自分の好きなタイミングで爆発させることができる。

 人にバレずに、人に危害を及ぼすことができるのだ。


 そうとなったら、やることはひとつしかないだろう。


 私は早速洗面所に行き、長く伸びた髪の毛をばっさりと切り落とす。

 躊躇いは無かった。後戻りできないという恐怖よりも、鬱屈とした現状を打開できる喜びのほうが大いに勝った。ここにある一本一本が、人を殺すのに充分な凶器。それも証拠が残らない。強烈な全能感が体の中心を貫く。


 阿笠、井上、宇田。

 頭のおかしな、あの三人に復讐する。


 私はこの時、そう決心した。



 あれから二度ほど能力を使った。

 大体、能力については把握したと思う。まず、髪の毛さえ置ければ、どれだけ離れていても起爆することができる。次に爆破の威力だけど、こちらはあまり融通が効かない部分がある。一応、人を傷つけるのには充分な破壊力が出るものの、ビルを丸々一棟破壊するみたいな無茶は不可能だ。ただ、逆に威力を弱めるのは割と簡単。そこは評価できるポイントだろう。


 どうやってあの三人に復讐するか。思案を重ねていた、まさにその時だった。

 聞き流していた全校朝会で、気になるワードが耳をつく。


「『旅人』にもどうぞご注意をお願いします」


 何かの聞き間違いかと思った。だが、あの瓶底眼鏡をかけた警察の女は、確かにそう言った。

 旅人。そのワードを知っているということは、彼女が何か、超能力に関係しているということだ。発言の真意は図りかねるが、どうやら日本の警察が超能力者について全くの無知であるというわけではないらしい。

 

 困ったことになった、と少し動揺する。

 こんなことなら、もう少し工夫して爆発を起こせばよかった。超能力だからどうせ捕まえっこないと高を括っていたが、もしそうでないとしたら――嫌な予感が脳裏をかすめる。

 

 とにかく、今後はしっぽを掴まれないよう立ち振る舞う必要がある。

 爆発をしばらく控えるか、否か。もしここでやめれば、相手にこの高校の生徒が犯人であるという情報を与えることになる。一方ここでやめなければ、それだけ証拠を掴む機会を与えることになるが――どちらかと言えば、後者のほうがメリットが大きいように思えた。

 最善策は「しばらく爆発を起こして、ぴたりと止める」だろうか。


(……いや、どうせあの三人には復讐する。この先、自分の高校の関係者が疑われるのは避けられないだろう。であるならば)


 中途半端に動くのは得策じゃない。

 相手の出方を窺いつつ、次の作戦を練る時間に充てる。それが最良。

 そう判断し、私は一旦、羽根を休めることにした。

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