サイキック・スレイヤー

朝比奈 志門

【第一巻】 Psychic・Slayer

第一章 Psychic・Slayer

File 1: Yellow Flower

「どこだ、ここ……」


 武本ヒバナは困惑していた。

 気がつけば突然、見知らぬ場所に居たからだ。


 鼻腔をくすぐる潮風の匂い。赤茶に錆びた鉄の手すり。そして仄暗く、茫漠とした空間。推察するに海の近くの廃倉庫といったところか。案の定、これといった人の気配は無い。


「待て待て。何で急に海の近くに……とりあえず状況を整理しよう」


 たしか自分は妹の見舞いの帰り、アルバイト先に向かっていた。

 道中、好物のメロンパンをコンビニで買うか迷い、金欠で諦め、不満を募らせながら駅のホームを通過。盲目の人に肩を貸し、馴染みの子どもたちに挨拶をして、立て付けの悪い改札をくぐり――そして何者かが自分の手に触れ、次の瞬間にはこの場所だ。


「うん、意味が分からん」


 妹の病院から海までは結構な距離がある。

 とても一瞬で辿り着けるような場所ではない。もし仮に自分が夢遊病のような形でここに来たとするのなら辻褄自体は合うが、あまりに非現実的だろう。とするならば、だ。可能性は限られてくる。


「まさか、超能力……」

 

 何者かが自分の手に触れた。

 刹那の出来事であったので、正しくはそのような気がするという程度であるが、この状況、超能力を使ってここに飛ばされたとしか考えられない。まさに瞬間移動テレポーテーション

 

 だが、確信に至るにはもう一押し欲しい。超能力者など、いまや過去の存在だ。二十年前の「大災害」以降、迫害され続けた超能力者は数を減らし、迷信めいたものになっている。だから夢遊病よりはマシ、というくらいで超能力者説も充分に非現実的であった。

 

 大体、なぜ超能力者がわざわざ自分をこんな所に飛ばすのか。周囲に人気が無いことを鑑みるに、暗殺などにはおあつらえ向きの場所ではあるが――。


「いやいや、さすがにそんなわけが。疲れてんだな、俺。今日は早く帰って、ゆっくりしよう」


 とりあえずバイト先に連絡を入れなければ。スマートフォンを取り出そうとガサゴソしていると、地を叩くような足音。誰かがこちらに近づいてくる。ヒバナは身構えた。

 

 ほどなくして、暗がりから女性が姿を現す。漆黒のスーツと瓶底のような厚い丸眼鏡。大人しそうな見た目とは裏腹に、その瞳は冷徹なものを宿しているように思えた。


 只者ではない。そう思ったヒバナは、ごくりと生唾を飲み込んだ。しばし睨み合った後、女性は徐に口を開き、


「武本ヒバナ、十七歳。青嵐高校に通う高校生。溺愛する妹がいるが、難病を抱えている。家庭環境は複雑。その影響でもっぱらアルバイトに勤しむ生活を余儀なくされている」


 ヒバナの個人情報を一通り述べ終えると女性は一息つく。


「すまない。君のことを追うにあたって、少しだけ身辺調査をさせてもらった。しかしまあ、中々同情の余地のある境遇だな」

「……」


 身辺調査という聞き慣れない単語。いよいよ暗殺でもされるのではないかという不安が脳裏をよぎる。だが、決めつけるのは早計だ。怪訝な表情を浮かべたヒバナはとりあえず、


「あなたは?」

 

 と色濃い警戒心を滲ませながら尋ねる。


「私は対超能力者機関CPA第Ⅱ部隊所属、七海キッカ。七海捜査官とでも呼んでくれ。よろしく」

「……よろしくお願いします」

「さてと。今日ここに呼んだのは他でもない、君が超能力者であるかどうかを確かめるためだ」

「超能力者? 俺がですか?」


 まるで心当たりがないという素振りを見せるヒバナ。その様子を見たキッカは腕時計のようなものを一瞥すると嘆息を漏らし、


「ヒバナ君。二十年前の『大災害』は知っているか?」

「……うろ覚えですが。たしか、ある超能力者が暴走したとか何とか」

「そうだ。超能力の暴走——いわゆる突然変異というやつだな。その結果、何十万人という尊い命が奪われた。日本では幸いにも突然変異を起こしたのは一例だけだが、世界では今までに何件も確認されている。どれもが人類史に名を刻んでいる大量虐殺だ」

「そして超能力者は数を減らした、と」

「ああ。当時の人々は躍起になって異能の持ち主を殺し始めたからね。それこそ中世の魔女狩りみたいに」


 そこまでの話はヒバナでも知っていた。小学生の教科書にも載っている、常識的な内容だ。かつては超能力者との抗争などもあったみたいだが、ことごとく鎮圧され、現在に至る。

 

 超能力者とは過去の存在。レッドリストに入っている絶滅危惧種か、あるいは滅多に人前に姿を現さない妖精か。一般人の認識はもはやそのような程度だ。


「だが、超能力者というのはいくら殺そうとも新たに現れる。途切れることなく、秘密裏に存在し続けていた」

「……その一人が、俺だと」


 キッカは沈黙する。それは限りなく肯定に近いことを意味していた。


「ま、待ってください! 何かの誤解です!」

「……だといいが」


 表情は変わらずとも、相手がこちらを信頼していないのは明らか。誤解されたまま話が進めば、自分はどうなるのだろう。逮捕でもされるのだろうか。


(いや、こんな人気の無い場所。やはり――)


 ここは現代日本だ。暗殺なんてものが罷り通っているとはにわかに信じがたい。だが、超能力者などというアンダーグラウンドな存在が関わっている以上、積極的には否定できなかった。


「俺を……殺すんですか?」


 自分の命に執着はない。だが、残された妹はどうなる。この人が面倒でも見てくれるのだろうか。その保証は皆無。つまるところ、死ぬわけにはいかなかった。ヒバナはもしもの場合に備え、逃げる段取りを考えておく。


「超能力者は時限爆弾だ。放っておけばいつ爆発するか分かったものじゃない。突然変異を起こしてからでは遅いんだよ」


 ひとたび超能力者が突然変異を起こせば、何十万という罪の無い命が泡沫となってしまう。そうなる前に殺しておかねばならぬというキッカの主張は、至極当然のものだった。だが、それはヒバナにとって逆風もいいところ。自身が超能力者ではないというのは、いわば悪魔の証明に近い。どう頑張っても、疑いをゼロにすることはできないだろう。

 

 無関係な人を殺さないためにも、決して引き金は軽くないと見えるが――たとえ証拠を得られずとも、大人しく帰してもらえるとは考えにくい。どうするのが最善か。焦燥を募らせ、思索を巡らせる。その末に弾きだした答えは、


「……俺は絶対に超能力者じゃありません。どうか信じてください。この目が嘘を吐いているように見えますか」

 

 という強引な論調だった。

 神に祈るような気持ちで捜査官の目を見つめるヒバナ。


 キッカはしばらく考え込む仕草を見せると、不意に柔らかな笑みを浮かべた。その表情を見て、胸中は安堵で満たされる。だが、


「……?」


 手際よく外される安全装置。そして、ほっとした表情のヒバナの顔に、銃口が向けられた。


 ダン、ダン、ダン。


 乾いた銃声が倉庫内に響き渡る。

 無慈悲にも弾丸はこめかみ、頸動脈、心臓を貫いた。風穴からは鮮血が吹きこぼれ、腥い臭気を充満する。

 

 少年は何が起きたのか理解する前に、ふらふらと力なく倒れ込み、痙攣。赤い絨毯がひやりと冷たいコンクリートに広がり、やがて世界が終わってしまったかのようなひどい静寂が訪れた。

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