野良車
おお、おお。ようきた、ようきた。遠かったろう。ははは、疲れたかな? ははは、そうでもないよときたか。はははははっ! いやぁ、じぃじもマサちゃんに会えて嬉しいぞ、うぅーふふふふ。
え? マサくん? ふふふ、そうかぁ、もう『ちゃん』て歳じゃないかぁふふふふっ。確かに背が伸びたものなぁ。ああ、立派立派! おお、そうか、こないだ夜中にひとりでトイレになぁ。すごいなぁマサちゃん、おっとマサくんは。ははははは!
そうかそうか、怖いものなんてないか。勇ましいなぁ。
ん? じぃじか? そりゃあ、じぃじに怖いものなんて……と言いたいところだが一つあるぞ。特にな……もうすぐ危ない時期に入るんだ。
そいつらは山にな、いーっぱい、いてなぁ。おおそうそう、よく知ってるなぁ。そうか、ニュースで、ん? 違う違うクマじゃない。クルマだ。野良車。なんだ知らんのか。人間に捨てられた車がな、野生化したものだ。業者か個人か何かは知らんが、都会からこの辺りに捨てにくる悪いのが昔たくさんいてなぁ。それが野生化したんだ。
怖いぞぉ、危ないぞぉ。たまに山から下りてきて人を襲うんだ。ここに来る途中で、ほら、赤い屋根の家を見なかったか? あの家にはなミツ子さんって人が住んでいるんだがな、前に襲われたことがあるんだ。そりゃあ、ひどいもんでなぁ。まあ、若い頃だったからどうにか逃げて、命までは取られずに済んだが、といっても五十過ぎていたがな。ああ、酷い怪我で、足の骨がバキバキバキィ! てなもんでな。
そうそう、夜道は危ないんだ。それに草刈機やトラクターのガソリンをその辺に出しっぱなしにしておくのも危ないんだ。ガソリンスタンドが近くにないから、ここらの家の者は行ったときにまとめて買って置いているんだが、その匂いにつられて野良車がやって来るから見かけたら気を付けるようにみんなで注意し合って、ん? おお、じぃじも昔、追いかけられたことがあったぞ。ありゃあ、恐ろしかった……。
夜中にな、道を歩いていたら後ろからガサッと音がしたんだ。振り返ると、そこには何もいなかった……と、思いきやピカッ! 一瞬だけ光ったんだよ。そう、ヘッドライトだな。ああ、肝を冷やしたもんだ。闇に紛れる黒い体に片方だけ光るヘッドライト。そいつはな、野良車の中でも一際凶悪なやつだったんだ。もう何人もそいつに襲われていてな。人死にが出てないのは運がよかっただけで鶏や牛など家畜は何匹も殺されていたからなぁ。自分が第一号かと思ったもんだ。
じぃじは震えあがり、走り出した。ああ、怖い怖い。走りながら時々後ろを振り返るんだが、その度にピカッと光るんだ。しかも、その光は点く度にこっちとの距離が縮まっているときている。
とてもじゃないが家まで間に合わない。だから、じぃじは近くの家の塀に飛びつき、膝を擦りながらなんとかよじ登り、そして落ちるように庭に降りたんだ。
塀の内側で口に手を当て、息を殺していると、エンジンが唸る音が遠のいていってな、それでようやく助かったんだぁとヘナヘナと、また座り込んだのだ。いやぁ、でもあの唸り声は恐ろしかったなぁ……。
はい、もしもし。おお、お前か、どうした? え? マサくんが? え、外に出たがらなくなったってそれは、どういうこと、病気か? 違う? え、あの話か。そうかそうか、車が恐ろしくて。そうかぁ、そうだよな、そっちじゃそこら中に走っているものなぁ。そりゃ恐ろしかろう。ビュンビュンとなぁ。人を簡単に殺せるものが自分のすぐ脇を走るんだもんなぁ。お前は怖く、え? いやまあ、しかしなぁ。わかったわかった。あれは嘘だったとそう、じぃじが言っていたと伝えてやれ。交通安全の注意喚起ってやつだ。はははは、ちょっと効きすぎたわけだな。でも繊細なのはいいことだ。マサくんは優しい子だなぁ。ほら、都会の車は凶暴じゃない、ちゃんと手綱が握られてるから大丈夫だとそう言ってやれ。
ふふふ、会いに来てくれなくなったら困るからなぁ。ここは駅からは遠いし、車で来るほうが楽だろうからな。
野良車もじぃじがやっつけたとな。はははははは!
はい、もしもし、おお、どうした? え! マサくんが!? それは、ああ、なんと、それで無事なのか? ああ、おお、そうか骨折で……それは……おお……うん……そうか、完全に元通りにとは……ああ……うん、ニュースでよくある……ああ、高齢者の……はあ……ああ、今度見舞いに行くよ。うん、ああ、じゃあな…………今の聴いたな、クロスケ。クラクション鳴らせ。山の車たちを呼び集めろ。
あの子が来たときのために手懐けておいて正解だった。いてててて、傷が……ああ、構うものか。なんのこれしき。マサくんの痛みに比べれば……そうだ、お見舞いだぁ。都会の車に目に物を見せてやるんだ。カチコミじゃああああぁぁぁぁ!
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