本の書き込み
夜。街を歩いていたら、久しぶりに高校時代の友人とバッタリ出くわしたので、近況報告を兼ねて居酒屋に誘った。
適当にビールとツマミを並べ、乾杯したのだが、友人はどこか浮かない表情。具合でも悪いのだろうか、思い返せばあまり乗り気じゃなかった気がする。最近、彼女ができたことを話したくて、ちょっと相手が見えていなかったなぁ悪いことをしたなぁとおれが思っていると、奴はおれに「ちょっと……」と手招きをした。大きな声で言えない話らしい。なんだよそれーと、おれは笑いつつ、耳を近づけた。
「……この前さ、家の近くで古本屋を見つけたんだよ」
「え、古本? それがどうしたんだよ」
声を潜めて言うからには何か理由があるとおれは思った。たとえば、その店の店主の目が節穴で、とんでもなく価値の高い本がタダ同然の値段で売られており、転売の宝庫だとか、それとも今じゃ所持しているだけで逮捕されるようなポルノ雑誌が平然と売られているとか。
「そこにある本がさ……全部その……書き込みがあるんだよ」
「悪戯書きか? そりゃまあ中古だしな」
そう言いながらおれは店員が横を通ったのでビールを追加で注文した。お前は? と友人に目配せすると奴は首を振り、下を向いた。おれがこの話に興味を持ってないと察したのかもしれない。テーブルを爪でカッ、カッ、カッ、と叩き、不機嫌な様子だった。
おれは取り繕うように、声のトーンを上げ「どんなのだよ」と訊ねた。
「その、犯人は誰々だ、とかネタバレが」
「うっわ、ミステリー小説だろ? そりゃ最悪なのに当たったな」
おれは仰け反りそう言った。が、少しオーバー過ぎたか、奴は得にお気には召さなかったようだ。暗い顔をしていた。
「いや……違うんだ」
「違うって? ああ、買ってないのか。買う前に気づいてよかったな」
「いや、そうなんだけどそうじゃなくて……」
と、歯切れが悪く、こっちがイライラしてきたが注文していたビールが来たので、出かかった不満顔をグラスで隠すことができた。
友人はおれがグラスをテーブルに置いたタイミングで言った。
「……週刊誌でさ……ほら、たまに未解決事件とか載せるときがあるだろ?」
「あー、あるな」
「その……犯人の名前がさ……」
「え、書き込まれてんのか?」
「ああ……」
「いや、待て待て。未解決事件だろ? なんでその名前が犯人のものだとわかるんだよ」
「ほら、何日か前にニュースでやっただろ……?」
「ん、ああ、あの事件か」
おれは二週間くらい前に世間を騒がせたニュースを思い浮かべた。未解決事件ついに解決、犯人逮捕だとかなんとか。物心つく前に起きた事件だったので、おれは大して興味がなかったが。
「そんなの店主がニュースを見てから書き込んだんだろ。ん? そうなると他の本も店主が書き込んでるのか。とんでもない店だな」
「いや……違うんだ。時系列がさ」
「ん?」
「ニュースになる前だったんだよ。おれが店でその週刊誌のページを捲り、その犯人の名前を目にしたのは……」
「つまり……予言してたって言いたいのか? ははは。どうせ、ネットでその名前の男が犯人じゃないかって噂されてたんだろう。考察好きな奴は多いからな。それを見て、店主か誰かが書き込んだんだろう」
そうとも。単純なカラクリだ。が、友人のやつは納得するどころか歯を食いしばり、益々震えた。「あっ、あ、あ、あ」と声を漏らし、それを見た店員が怪訝な顔をしたので、おれは友人を宥めようと思い、言った。
「まあ、先のことが知れてちょっと得したじゃん。でも本当に予言、未来予知してるなら何かもっと得できるようなものはないかな……なあ、それで何か買ったのか?」
「あ、ああ、おれもそう思って、また店に行ったときに……でも、立ち読みするなみたいな空気だったから……一冊だけ……」
おれは「へぇー、何買ったんだ?」と訊いたが、友人は「買うんじゃなかった。知りたくなかった……」と繰り返すばかりで、どうにもならず、店を出るしかなかった。
駅まで送り、改札を通ったのを見届けると、おれも家に向かって歩き出した。
友人はその三日後に死んだ。
車に轢かれたそうだが、自殺か事故かおれにはわからない。
ただ、あいつが買ったのはスケジュール帳や日記帳の類だったのではないかと、結局彼女にフラれたおれは思った。
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