念願の味

 とあるレストラン。夜中。シェフはこの日は早めに店を閉めた。

 がらんとした店内の電灯は最小限。薄暗い中、席に座った老人がテーブルの上に置かれたスープを見下ろして言った。


「それで君、いやシェフ殿、今度こそできたんだな?」


「ええ、はい……」


 くたびれた様子のシェフが、見て金持ちとわかる老人に覇気なく答えた。

 シェフはこの老人から『昔味わった最高のスープを再現して欲しい』と頼まれていたのだ。

 しかし、何度作っても老人は首を縦に振らない。そもそも、その味の情報が少なすぎるのだ。

 それでも初めのうちはそれなりに楽しかった。何なら昔味わったスープではないが、このスープはそれを超えたと言わしめてやろうという気概すらあった。

 しかし、今ではただのイビリのように思えてならなかった。このせいで本業のほうにも差し支える。

 だが、邪険にはできない。何故なら、このレストランの資金を出してくれたのは老人であり義理の父でもあるのだ。

 考えてみれば老人は娘を溺愛していた。結婚も最初は反対していたらしい。娘に押し切られ承諾したものの自分に良い印象は持っていないはず。それでも最高のスープとやらを再現すれば認めてくれると思った。

 しかし、その糸口すらつかめない。

 もうこの手しかない。シェフはそう考えていた。


「……では、どうぞ」


「どれどれ……ふーむ、違う。やはり君には才能がないんじゃないか?

それに研鑽も足りない気がするぞ。そもそも――」


 老人はいつも通りクドクド説教をし始めたが、やがてピタリと動きを止めた。

 そして……。


「……お、おぉ、おおおおおぉ! この味! この味だああぁぁ!」


「ほ、本当ですか、お義父さん!」


「この味だばあああああ! うまあああああああむああああああびゃびゃばやばやばやばびゃびゃびゃ」


「ここですかお義父さん! ここですね! ここにスープがあるんですね!」


 剥き出しになった脳ミソをシェフがグリグリといじる。そこから脳脊髄液とともに溢れ出るのは思い出の味。スープに仕込んだ薬のお陰で、頭を切る前も後も痛みを感じないようだ。

 ベロベロベロと、滴る液を舐め取る老人。その満足そうな顔にシェフは負けないくらい満面の笑みを浮かべるのだった。

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