開かれた扉
その四人は道路の外れに車を止め、そのすぐそばの少し開けた木々の間から山の中に入った。そして、その先にある廃屋に足を踏み入れたという。
彼らの目的は肝試しついでの……いや、肝試しがついでの事だろう。
若者は程度の差はあれど誰もが愚かだ。しかし、この四人はかなりひどいと言えよう。
恐らくだが、いや、十中八九その廃屋で酒と違法薬物の類を楽しんだ。
メンバーの内訳は男女二人ずつだ。で、あるから薬を使用したほうが、この後の事をより楽しめると考えたのだ。
だが、そこで問題が起きた。
キメすぎたのだ。
まず、男が部屋の入り口を指差し、他の三人が目を向けた。この時、この四人は共通のものを目にしたというが、しかし、それは四人のうちの誰かが『それ』の特徴を口にし他の者が追従してその姿を想像しただけにすぎない。そして『それ』は薬による幻覚でしかない。
老婆だったそうだ。
衣服は一切身に着けていない。垂れ下がる乳房を見て四人は笑った。
嘲笑、だが強がりを含めたもの。その姿はあまりに異様だった。
老婆のその痩せ細った体には、その顔に至るまで刺青が施されていたそうだ。
髪は静電気で逆立つように上を向き、その目には白目が無かったという。そして首振り人形のようにカタカタと首を動かしていた。悪寒で見る見るうちに酒が下り、頭が冷えたという。尤も、全て薬による幻覚に過ぎないが。
さて、四人は薬物に浸された脳みそにしては賢明にも、ここから逃げ出すことを考えた。
しかし、その老婆は部屋の入り口に立っている。窓は無い。
よって、四人は大きな音を立て威嚇することにした。罵倒し、手当たり次第に物を投げた。
当たらずに体をすり抜けたと言うが、それは重ね重ね言うが幻覚だからだ。決して霊的なものではない。わざわざ断りを入れておくのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。
……とにかく、威嚇の甲斐あったのか老婆は彼らの視界から消えた。
部屋のすぐ外に潜んでいるのではと左右をライトで照らしたが、どこにもその姿はなかった。
ただの浮浪者、それも頭のおかしな。廃屋から出た四人は、そう軽口を叩いた。殴ってやればよかったとも言ったが、その老婆が消える瞬間に不気味な笑みを浮かべていたことについて誰も言及することはなかった。
車に前に戻り、そのドアに手を伸ばした時、彼らは異変に気づいた。
一人足りない。
女が一人、忽然と姿を消したのだ。
三人は半ばパニックになった。
薬の効果が切れたのだろう。安物だったのだ。幸福感が消え、焦燥、不安感だけが残った。副作用だ。だが、幸運なことに探すか助けを呼ぶか議論をする時間は必要なかった。
茂みから腕が飛び出したのだ。消えた女のもので間違いないことは指の先、爪のマニキュアでわかった。
彼らはまず見つかったこと、探さなくてすんだことにホッとし、次に戦慄した。
爪から指、手首へ視線を下ろすと、腕が真っ赤に染まっているのが見えたのだ。まるで爪で掻き毟ったような、そんな傷だった。
三人は茂みに近づくとその手首を掴み、女を引っ張り出した。意識は無く、口から泡を吹いていた。恐らく傷は自傷行為によるもの。それも薬物の副作用だろう。女の爪の間には自身の皮膚片が入り込んでいるはずだ。そう、虫などが体を這う幻覚を見たのだ。
三人は女を車に運び込み、エンジンをかけた。
すると運転席の男がまるで吐く寸前の猫のように大きく口を開け、体を上下に動かし始めた。
そしてそのままピタッと動きを止めた。完全に、だ。
静止。涎を垂らし、目を見開いていた。それも薬物のせいだ。量が多かったのだ。
助手席の女は運転席の男を押しのけ、車を発進させた。
しかし、この女もまた、違法薬物を大量に摂取していた。
女が叫びだした。何かを見たかのように目を見開きながら。
それも幻覚だ。ありもしない恐怖に追い込まれ、車のスピードをぐんぐん上げた。そして操作を誤った。
車は道路から逸れ、森の中に。そしてその先には倒れ、森の中で静かに朽ちるのを待っていた大木があった。
車はそれに突っ込んだ。
フロントガラスを突き抜けた木が運転席にいた二人の頭を吹き飛ばした。
即死。生き残ったのは一人だけだった。後部座席に座っていた男だ。同じく後部座席にいた女は、その事故の前か後か、事切れていた。
生き残った男は酷く錯乱していたが、かろうじて供述はとれた。
しかし、その彼も喉を掻き毟り、そして死んだ。
問題の廃屋は見つかっていない。それも幻覚だからだ。
そうとも、しつこいようだが全てただの違法薬物による幻覚、妄想だ。
解剖の結果が出ればそれも明らかになるであろうが……。
作業に取り掛かるべき私は今、こうして台の上に乗った四人の遺体を見下ろしている。
私は違法薬物に手を染めたことはない。……いや、正確には若い頃に一度。まあ今はそれはいい。そんな私の目にさっき一瞬見えたあれは……。
いや、気のせいだ。
私の、そう私のこの豊かな想像力が見せた幻。
今……ああ、失礼。落としてしまった。
……ああああぁぁぁ! はははは! 右腕が! 爪! 爪で! 私じゃない! 現にこうして左手はふさがっているのだから! ああああ。ああ、ああ。その姿を、想像! 知っては……いけない……んだ。はははぁ……。
……肉を貪るような音を最後にそれ以上、ボイスレコーダーに音声は録音されていなかった。
博士はまるで熊にキスされたかのように口の周りの肉が抉れていた。
歯茎を剥き出しにし、笑っているように死んでいた。
下唇と上唇はそのすぐそばに落ちていた。
博士自身が自分の歯で噛みとったと現場を見た上司は判断したが、それもどこまで本気で思っていたのか。
さて、博士の録音を聞き終えた俺は今、この音声データをネット上にアップロードしている。
事件の真相と題したこの音声データが多くの人間の耳に入ることを願って。
ボイスレコーダーを再生し終えた辺りから妙な音が聞こえるようになった。
ドアや壁を爪で引っかくような、そんな音が。
幻聴なんて博士みたいに現実逃避する気はない。彼らだって薬物はやっていなかっただろう。
一介の警官の俺はこの音声を拡散することで自分の命が助かる……って訳じゃないのはわかっている。
じゃあ止めとけって?
いや、もう扉は開かれた。今更止めたって何になる? 知ったことか!
どうせ男を取り調べた警官たちの間からも話は漏れているさ。
それに、こうすれば奴もこのタバコが吸い終わるまでの猶予くらいくれるだろうさ。
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