深夜タクシー
「ゴクゴクゴク」
……この客はハズレだな。
信号待ち中、後藤はため息をついた。無意識にハンドルを指で叩く……とそれに気づいた後藤はピタッと指を止めた。
いけないいけない。苛立ってどうする。相手は今夜、やっと拾えた客なんだぞ……あれでも。
後藤はチラリとルームミラーに目を向ける。
「ゴキョゴキョゴキュ」
……愛想がないのはまだいい。酔っ払いじゃないだけマシだ。だが、一言も喋らないどころか目的地も言わない。指で示すだけ。見逃さないように気を張ってなければならないし、それに……。
「ゴクゴクゴクリゴクゴク」
喉を鳴らす音。この女、さっきからずっと飲み物を飲んでいる……。
さっきはペットボトルの水。今はミルクティー。ふふっ、よほど喉が渇いているんだな、なんて気持ちにはなれない。やがて逆流し車内に吐き散らすのではないかとヒヤヒヤする。
「パキッ……ボリゴリ」
……と、女の指が動いた。はいはいっと従いますよっと。
後藤は心の中でぼやき、タクシーを走らせる。
「バリガリボリガリ」
……マジかよ。
その音で、後藤はまたルームミラーで女を見た。
あの女。今度はスナック菓子を食べ始めたぞ。シートが汚れる……しかし、細い見た目の割りによく食べ、よく飲むな。よほどおなかがすいていたのか? いや、摂食障害というやつかもしれない。娘のクラスメイトにもいた筈だ。食べなさすぎたり、食べ過ぎたり。食べたが結局吐いたり。この後、吐かなければいいのだが。しかし、もう一つ気になるのがこの女、どこに向かって。自殺かそれとも元カレにつきまとって今夜、刺しにでも、とついつい想像を膨らませて……ってあれ?
「あの、お客さん、乗せた所まで戻ってきちゃいましたけど……え」
後部座席へ振り向いた後藤は唖然とした。
女はそこにいなかった。それどころかお菓子のカス一欠片も落ちていない。
後藤は途端に恐ろしくなり、車内から飛び出した。菓子の残り香と女の体臭が混じり合い、車内の空気が酷く淀んでいる気がしたのだ。
咳き込む後藤。そこに吹いた風。しかし、それは後藤を癒しはしなかった。ただ反射的にその音に目を向けた。カサカサッというその音に。
カーブミラーの下。お菓子の空き袋がアスファルトを擦り、ネズミのように駆けていく。
他に花束と飲み物。お供え物だ。たまに見かけることがある。しかし、飲み物も全て空のようだ。ペットボトルもまるで今しがたなくなったかのように風に吹かれて転がっていく。
もしやあの女は……。
後藤はフッと息を漏らした。
初めて出会った幽霊。不思議と恐怖心は湧かなかった。頂いた物を残すわけにはいかない。そう考えたのかもしれない。全て食べ終わったから成仏したということだろう。律儀な幽霊もいたものだ。
後藤はタクシーに戻った。そして助手席に積まれたお菓子や花、飲み物の中から食べかけのチョコレートを手に取り、また口の中に放り込んだ。
……そういえば、どうしてこんなにお菓子や飲み物があるんだったかな?
そう思いながら口の中でチョコの欠片を転がす。
タクシーは再び走り出し、闇の中に溶けるように消えた。
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