降臨
……ついてない時はとことんついてないものだ。
男は木に身を預け、足をさすった。遭難したかと思えば足を挫いたのだ。雨が降ってないことがまだ幸い……と、今、降り出した。山の天気は変わりやすいというから仕方ない。などとわかっていても心は打ちのめされた。もう立てないほどに。
「まいったよなぁ!」
と、明るく笑う友人。それが空元気だとわかっていても、いや、だからこそコイツがいてくれて良かったと男は笑って肩を小突いてやった。
真夜中の山の中。二人、木の下。葉の合間から落ちてくる滴を笑顔で弾く。
と、そんな時だった。視界に眩い光が差し込んだ。
まさか救助隊? 通報してないのに? 見回り?
男はそう思ったのだが目の前に現れたのはそれ以上のものだった。
「か、神様?」
そういう他ない。白い服を身に纏ったその老人は穏やかな光を放ち、微笑んでいた。
「左様。道に迷ったのだろう? さぁ、私の手をとりなさい」
なんたることか。この方は恐らくはこの山の神。地獄に垂らされた救いの蜘蛛の糸とでも言うのか。蜘蛛を助けた覚えはないが、助かるのならなんだっていい。足の痛みを堪え、男は立ち上がった。
……糸?
男は伸ばした手をはたと止めた。
目を凝らしてみると、神の頭からうっすらと一本の糸が。そしてそれは天まで伸びている。
これは猜疑心が見せた幻なのだろうか。
とことんついていない日。これはそれを脱却する救いなのか、それとも……。
躊躇する彼を変わらず微笑み見る神。登場した時と一縷も変わらぬその笑みが、却って誂えたもののように思えてならない。
「どうしたんだよ? 助かるんだぜ?」
そう言い、友人が彼のほうを向いたまま神のその手を取った。
あ、と思ったのも束の間。落雷の如き速さと心に与えた衝撃。神の背中から幾本もの手が生え、友人をがっしり掴み、そして急速に曇り空へと昇っていったのだ。
そして雨がパラパラと弱まり、やがて止んだ。
雨雲が去ったのかもしれない。
見上げると僅かに星が出ていた。そして、振り返った友人の笑顔が残像となり、空に浮かんだ。
彼は足から、体から力が抜けていくのを感じ、抗わず、そのまま地面に腰を下ろした。
どれくらいの間そこにうずくまっていたのかはわからない。寝入ってしまっていたようだ。
空は暗いままだが足はだいぶ癒えた。
彼が確認するように足をさすっていると、顔に光を当てられた。
そして最も欲しかった言葉。
「大丈夫ですか! 救助隊です!」
「ここ、ここです!」
駆け寄る救助隊員。その伸ばす手を掴もうとした時、救助隊員の後ろに人影が見えた。
友人だった。
「どうしたんだよ? 助かるんだぜ?」
偶然か否か、発したのは最後の言葉。
あれは夢か? 動けず寝入った私のために救助を呼んできてくれたのか?
彼が思索する時間はなかった。
反射的に伸ばした手はもう光のもとに……。
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