変化

 横並びの五つの椅子、その真ん中に私は座った。

 せめて一番端だったならまだこの緊張もマシだったかもしれない。

 いや、どちらにせよ同じことか。目を細めたのは逆光が眩しかったわけじゃなく、よく目を凝らすためだ。でも、いっそ目を閉じてしまえばよかった。


 何故なら面接官の首から上が蛸だったのだ。


 さらに両隣に構える面接官は鯛と鮪。「竜宮城かよ!」なんてツッコミは繰り出せるはずもなく、ただただ笑顔を作るのが精一杯。

 首から下の胴体は人間、話す言葉も人のものだけどそれが動揺を抑えるのに役立つことはなかった。

 ベットリヌメヌメと動く触手。ブクブクと泡立ち心なしかニヤついているように見えた。


「きみぃ、彼氏いるのぉ?」


「え、あ、は、はい!」


「ふぅーん、好き? 週に何回シテるぼぉ?」


「え、ええっと」


「駄目だよぉ言い淀んじゃぁ、僕の事はぁお客様だと思ってぇさぁ。

隣の君はどーう? いる? 週に何回彼氏とヤッてるのぉ?」


「はい、コケーッココココケー!」


 気づけば隣の席の子は鶏に変わっていた。


「ホゴッホギホゴプギー!」

「プギギギギギー!」

「プギィィィィィ!」


 他の子は豚に。いや、豚率高!

 部屋に入る前は「緊張するね」など軽い雑談をしたのに突然の裏切り。まともなのは私だけ……? いやいやそんなことよりも言葉まで動物の鳴き声に……。

 ひどくなってる? 極度の緊張で脳の病気を発症したのだろうか?


 周りが気になり過ぎて結局、私はなにも答えられず面接を終えた。


「ねぇ、大丈夫ぅ?」


 頭を抱える私にあの蛸面接官がそう声を掛けてきた。

 床を濡らしながらにじり寄ってくる。首から上だけでなく手足までも蛸のそれだ。私に絡みついてくる触手は現実? それとも幻覚?


「よかったらぁ今度ぉ相談に乗るよぉ? へへへへ」


「け、結構です!」


 と、突き飛ばして外に出てきたものの……。街中はまさに混沌。首から上が別の生き物の人間が歩いていた。

 鶏人間。豚人間。貝に魚に……発狂せずに済んだのは普通の人もいたこと。

 でもじゃあ、もしかしてアイツらは宇宙人? 隠している正体がわかるようになった? いや、まさかね……でも一体どうして。車の窓ガラスに映る自分も変わらず人間のままだ。それが救い。

 でも、もし家で私の帰りを待っている彼の首から上が人じゃなかったら……。

 と、そんな風に考え事をしていたら牛頭の団体に肩がぶつかった。


「あ、すみません」


「もぉぉぉいや、こちらこそもおおおおお!」


 怒ってるんだがそうじゃないんだか……と、あれ? 今の人たち……。

 彼らが出てきた店。焼肉屋?

 ……成程、そういうことか。と、言う事はそこの牛丼屋は……おお、牛人間に豚人間。やっぱりね。そうと分かれば、ははは。何か安心したせいか、おなかすいてきちゃった……。



「おかえり」


「……うん、ただいまっ」 


 笑顔で迎えてくれた彼。この彼がいるから私は負け戦から帰っても、そう落ち込んだ気分にならなくてすむ。


「待たせちゃったね。おなか空いているよね? 何か出前とろうか? ……蛸料理とか」


 面接官の顔を思い浮かべてフフッと笑う。彼には悪いけど変化したら憂さ晴らしに横面を叩かせてもらおうか。


「ふふ、蛸は食べないんだ。それにもう食べたから平気だよ。ありがとう」


「ふーん? 何食べたの? パスタとか?」


「今日はお肉。タッパーに入っているから良ければ焼こうか? 美味しいよ」

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