珍妙な客

 ――うっ 


 その連中が店に入ってくるのを目にした時、店主の男は体が強張っていくのが自分でもわかった。


 黒のスラックスにそれぞれ別の色のカラーシャツと黒いネクタイ。ほっそりとした体形。似た髪型。同じような雰囲気のその五人は美しく感じるほどに揃った動きで着席した。

 店内の客は彼らのみ。

 いよいよここまで来たか……と店主は息を呑み、人数分、素早く、しかしいつもよりも丁寧にラーメンを盛り付ける。

 だが、それは連中に媚びているわけじゃない。時間を稼ぎ、己の緊張をほぐすためだ。



「……はい、お待ち」


 ラーメンを出してやると一人目がそれをじっくりと眺めた。

 湯気が顔にかかり、照明の下、輝くラーメンのスープに影が差す。

 麺も盛り付けも完璧。店主の男は腕を組み五人を眺める。

 そのまま食せ。そして感動して帰れ……帰ってくれ。そう思いつつ……。

 今、一人目が割り箸を手に取った。

 すると二人目、三人目……と順に動きを真似る。

 そしてリズム良く、割った。

 パキッ。

 パキッ。

 パキッ。

 パキッ。

 パキッ。



 そして、一人目が椅子から立ち上がると軽やかな身のこなしでカウンターの上に飛び乗った。

 他の五人も同じようにする。靴の踵を叩きつけそして……歌い出した。


 ラーメンを前に歌を披露する六人。いや、連中だけではない。通行人もだ。

 連中は厨房に入り、お玉やフライパンを楽器のように使う。

 店主の男は止めようとしたが突き飛ばされ、尻もちをついた。

 歌い、リズムを奏で狂気じみた顔で踊る連中を見上げ店主は嘆いた。


 ああ、ここはミュージカルの世界。


 全ては音楽のもの。音楽のためなら全てが許される。どこが始まりかは不明だが伝染病のように勢力圏が広がった。とうとう、この町にも……。

 魔女の呪いか、宇宙人の侵略か原因も対処法もわかっていない。発作的であり、いつ起こるかもわからないのだ。

 そして逆らえない。泳ぎ続けなければ酸欠で死ぬ魚のように歌わず、踊らずなんてできないのだ。

 今ではこの連中のように前向きに、何なら自ら引き起こそうとするのもいやがる。ああ……何て恐ろしいんだ。俺のような音痴からしたら地獄のような世界だ……。

 今回はコメディタッチの曲だ。きっと俺の怒号が歌の締めだろう。

『早く食えー!』とか『麺が伸びちまうだろう』だの。そして終われば何事もなかったかのように、この連中はラーメンをすすり出すんだ。まったく、ああ……。


 店主の男は立ち上がると、誰にも聞こえないように軽く咳払いした。

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