穴の底にいた。なぜ、いつからここにいるのかはわからない。

 見上げてわかる。相当に深い穴だ。

 上から差し込む光が弱々しい。外は曇りのようだ。

 地面がわずかに湿っている。雨が降ったのかもしれない。

 よじ登ろうにも掴むところがない。おまけに固い。爪が折れてしまうだろう。

 どうしたものか……う。


 今、何か土とは感触が違うものを踏んだ。

 反射的に飛び退いたけど足裏にはその生々しい感触が残っている。


 ミミズだろうか。

 ナメクジだろうか。

 嫌だな……。


 ……指?

 よくよく見るとそれは人の指であった。


 ……今、動いた? 気のせい……いや、まただ。また動いた。

 つまり……それは……誰かが生き埋めに!


 そう思った私はしゃがみ、手で土を掘り始めた。

 爪の中に土が入り、痛い。だからと言って見捨てて良いはずもない。

 しばらく堀り続けていると手が見えてきた。

 女性か男性か、よくわからないけど動かない。ああ、もう駄目かもしれないな。 

 私はそう思ったけど、とりあえず その手を掴み、引っ張り上げる。しかし、どれだけ踏ん張っても肘の辺りまでしか出てこない。

 もっと掘る必要がある。そう思い、私がまたしゃがむと、手がナイス! と言うように親指を立てた。

 驚いて飛び退いた私に構わず、手は地面をズズズズズと進んでいった。まるで海を泳ぐ鮫のヒレみたいだ。のびのびと、自由に。

 そして、その手はピタッと止まると地面を指差した。


 ここ掘れわんわん。ではないけど私が掘る? と訊ねると手はまたも親指を立てた。

 私は指示通り地面を掘る。

 気になることはあれこれあったけど、考えるより単純作業の方が楽だった。

 そして、どこか予想していたけどそこにはまたもや手が埋まっていた。

 引っ張り出すとその手は同じように地中を泳ぎだした。

 そして、二本の手はまたも地面を指差す。

 

 掘る。

 出る。

 指さす。

 掘る。

 これを繰り返した結果、計、六本の手が掘り起こされた。

 手たちは嬉しそうに私の周りを泳ぐように回る。私もそれなりに達成感があり、どこか心地良い。でも、鮫に狙いを付けられた漂流者の気分でもある。

 まさか襲ったりしないよね? 

 そう私が問いかけると、手は違う違うというジェスチャーをし、壁に上り始めた。

 これは……。

 壁から突き出た六本の手、その腕。

 そのうちの一本が来いよとばかりに私に手を振る。

 私は彼らを足場にし登り始める。

 登り、登り、先頭まで来ると今度は一番下の手が上まで上がり、足場になってくれた。

 そのお陰でついに、私は穴のふちに手をかけることができた。


 疲れと安堵から息を漏らす。

 そして顔を外に出そうとしたその時だった。

 上から大量の土が降り注いできた。

 私はなんとか穴のふちを掴み続ける。

 でもその勢いには抗えなかった。


 気づけば暗闇の中。

 ただただ心地良かった。温かく、静かで。もう、どうでもいい気がしていた。

 一応、未練がましく手を目一杯伸ばす。

 抵抗はしたと、誰に対するアリバイ作りか。

 それでもそうすると未練、願望が顔を出した。

 誰かに見つけて欲しい。

 私を、私たちを。


 ……指の先が土から出た気がした。

 神経を指先に集中させる。

 日の暖かさは感じられない。風が撫ぜる感触も。

 私は集中すればするほど足のほうから感覚が徐々に無くなっていくことに気づいた。

 今更やめてもきっともう遅い。


 う。


 誰かが私の指を踏んだ。

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