目覚めなければ
一日が終わる。
私の一日。
なんてことない一日。
けれど最高の一日。
登校すれば手渡しのラブレターを慣れた手つきで(ただし面倒くさそうに)受け取る。
朝の全校集会ではテキトーに書いた作文が受賞したらしく、全校生徒の前で表彰。黄色い歓声を浴びる。
授業はどの教科も先生から頼られちゃう。でも問題が難しくて誰も答えられないのだから仕方がない。黒板の前に出てそれをすらすらと解いちゃうけど憎まれ口を叩かれたことはない。
賞賛の嵐も日常。そりゃ、たまには嫉妬もされちゃうけど、ちょっと話したら誰でもすぐに私のファンになっちゃう。たまには敵がいてもいいんだけどね。
英語の授業は私の発音の良さに帰国子女の先生が落ち込んじゃうほど。でもすぐに感動して涙。アメージング。ファンタステック。ビューティフル。はいはい、言語が変わっても同じこと。聞き飽きた聞き飽きた。
部活はバレー部。キャプテンとしてチームを県大会優勝まで導いた私への信頼は部員、顧問共に厚い。全国大会への熱も上がりチームは一致団結。
部活を終えると息抜きに気の合う友達と街をぶらつく。スカウトが鬱陶しいのが悩みの種。芸能界? 興味なくはないけどまぁ考えておきますと返事して手をヒラヒラさせ立ち去る。
家に帰り、母の毎回、力の入った手料理を食べる。一家団欒。お風呂場で歌えば通りががりのスカウトが是非うちの事務所へとインターホンを鳴らす。そんな私の一日。いつもの一日。慣れた一日。
就寝。
……夢を見る。いつもの夢。酷くリアルな夢。
「反応は……微妙なところですね」
真っ白な天井。ベッドに寝ているであろう私の顔を母と白衣を着た男が覗きこむ。
「起きてぇ、ねぇ、起きてよぉ……」
私に向かってそう言う母は私の知る母よりも数段老け込んでいてそれは、同様に私自身も老いている事を示唆している。
「お母さん、落ち着いてください。大丈夫です」
嗅ぎなれない臭いが私の鼻腔を苛立たせる。ここはきっと病院。
医者らしき男と母らしき女性が神妙な顔をして話し合っている。
私はそれを波紋が揺らぐ水中から眺めている。
大丈夫。これはただの夢。深く深く沈むイメージをすれば自然と目が覚める。そう、それでまたいつもの私の日常に戻れる。
「新薬の効果は間違いなく現れています。あとは……」
「呼びかけに応じるか……ですね。ねえ、お願い目を――」
もし、目覚めたらどうなるんだろう。
そう思ったことはあるけど試すことはできない。一度水から上がればもう戻れない。そう、確信がある。
沈む私。遠のく声。
私は夢の中の老いた母の顔を思い浮かべる。
目覚めなければ……。
私はキッチンでお弁当を作るいつもの母の横顔を思い浮かべる。
目覚めなければ……。
選んだ気もしないまま、今日も私の一日が始まる。
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