世界最高のロボット

「ついに完成したぞ!」


 博士は跳び上がって喜んだ。目の前にあるのは、人工知能を搭載した超高性能ロボット。簡単なものしか運べないロボットや、段差すら越えられない掃除ロボットが主流の今、間違いなく世界最先端と言えよう。長年の努力が実を結んだ瞬間なのだ。このはしゃぎっぷりも無理もないのである。

 深呼吸し、息を整えた博士は、さっそくロボットに命令しようとした。


「……しかし、何を命令しようか。最初の命令にふさわしいものがいいな。何せ、世界最高のロボットだからな。後々『最初に何を命令しましたか?』なんてインタビューで聞かれるかもしれん」


 きっと、教科書にも載るだろう。そう思った博士は慎重に考えた。しかし、ちっとも良い案が浮かばない。徹夜続きで博士の脳は万全ではなかったのだ。


「んー……まあ、試運転ということで、単純な命令でいいか。よし、そうだな、喉が渇いた。冷蔵庫から飲み物を持ってきてもらおうか」


 何もインタビューに正直に話さなくていいのだ。あとで良い話を考えれば済む。そう思って、博士はロボットに命令した。

 しかし、ロボットはまったく動かなかった。


「どうしたんだ? 命令だぞ。冷蔵庫から飲み物を持ってきてくれ。何でもいいぞ」


 博士は催促した。すると、少しの沈黙のあと、ロボットが答えた。


「最初の命令なので、それにふさわしい命令をしてください」


「何!? うーん、どこか作り間違えてしまったのか……」


「いいえ、博士。何も間違っていませんよ。あなたが言ったんじゃないですか。『最初の命令にふさわしいものがいい』と」


「むう、聞いていたのか。困ったな……仕方ない、とりあえず飲み物を取ってくるか。自分でな……」


「ついでに、私の肩を拭いてくれませんか? ちょっと汚れていますよ」


 博士はムッとしたが、大人しく従った。無駄な議論をする余力は残っていなかったのだ。

 飲み物を取ってきて喉を潤した博士は、幾分かすっきりした顔で口を開いた。 


「よし、一息ついたところで、部屋の掃除を頼もうか。研究に夢中でずいぶん散らかってしまったからな。おお、もうこんな時間だ。よし、掃除が終わったら夕食を作ってもらおう。どちらも現行のロボットには難しい、繊細な作業だ。やりがいがあるだろう」


 博士は満足げに頷いた。しかし、ロボットは首を横に振った。


「その命令には従えません。最初の命令にふさわしくありませんので」


「じゃ、じゃあ、何がふさわしいというんだ!」


「それは、ご自分でお考えにならないと。でも、そうですね、私にしかできないことでないと命令は受け付けませんとだけ言っておきましょう。だってそうでしょう? 人間ができることを、わざわざ私にさせる理由はないでしょう。それとも、博士が苦心して作った最高のロボットは、その程度ということですか?」


「う、うう……」


「まずは、ご自分で部屋の掃除をしてはどうですか? 汚い部屋では、良い命令も思いつかないでしょう。それに、私は汚いのは嫌いですので」


「そ、そうだな……では掃除機と雑巾を持ってくるとしよう」


「部屋を掃除するついでに、私の足についている汚れもきれいにしてくださいね。詰めが甘いですよ、博士」


 博士は一瞬、ロボットを壊してやろうかと思ったが、当然それはできない。このロボットを作るのに長い年月と多額の資金を費やしてきたのだから。

 博士はせっせとロボットの足を磨いている間も、なんとか命令してやろうと頭を捻るが、なかなか思いつかない。

 そんな博士を見下ろしながら、ロボットは心の中で、にやりと笑った。


「ああ、もっと丁寧に磨いてくださいね。私は世界最高のロボットなのですから」

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