雉白書屋短編集

雉白書屋

永遠の美

 とある国の城に、とても美しい妃がいた。その美しさは見る者すべてを虜にし、宝石、称賛、羨望、若くたくましい王といった、あらゆるものを引き寄せ、離さなかった。

 しかし、そんな妃にも一つだけ悩みがあった。それは影のように付きまとい、いずれその牙をむく『老い』だった。

 ある曇り空の日、妃は自室で鏡を見つめ、呟いた。


「ああ、私のこの美しい顔も、手も、脚も、年を取れば醜くなってしまうのね……」


 妃のため息が鏡にかかった。すると、まるで息を吹き返したかのように、鏡が妃に語りかけてきた。


「私が貴女のその美しさを永遠に映し続けましょう」


 それを聞いた妃は、「まあ、魔法の鏡だったのね!」と驚き、喜んで鏡にキスをした。


 それからの妃は、まるで雲ひとつない晴れやかな空のような振る舞いを見せるようになった。

 城に仕える者たちに毎日「私は美しいか?」と尋ねてまわり、定期的にパレードを開いては、国民に自分の美しさを見せびらかした。

 国民は口を揃えて「美しいです!」と褒めたたえ、妃は変わらぬ満たされた日々を送った。


 今日も妃は音楽隊が奏でる騒がしい音楽の中、馬車の上から手を振る。国民の視線と称賛を、体の隅々まで行き渡らせるように扇子を仰ぎ、満足げな笑みを浮かべていた。

 だが、妃は気づいていなかった。妃を褒めたたえる国民の引きつった顔。あれから数十年が経ち、自身が老いていることに。

 音楽が小さく感じるのは、耳が遠くなったから。もっと音楽を大きくしろと命じるその声は、まるで首を絞められた鶏のよう。

 それでも年相応の佇まいをしていれば美しいと言えただろう。しかし、その装いは派手すぎて醜く見え、傲慢な振る舞いはもはや滑稽に映っていた。

 雲ひとつない空も、時には日差しが苦しく感じることがある。ゆえに国民は下を向き、手を顔の前にかざす。その指の間から見えるのは、醜い妃の姿。

 だが、それを指摘できる者はいない。王はとうの昔に寿命で死んだ。

 妃の目には美しい自分の姿しか映っていない。鏡が、若かりし頃の美しい姿を忠実に映し出しているからだ。

 それが本当に魔法の鏡なのか、それとも妃の妄想なのか、それは誰にもわからない。妃が鏡を独り占めしたいがために、存在を隠す限り。

 声に出せない不満は、文字となるしかなかった。

 国民が書きとどめた妃ご自慢の『美しさ』は、国が滅びてもどこかに残り続けるだろう。


 永遠に。

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