十三文字だけ、伝えたい【完結】

松本タケル

『忘れもの』 と 『探しもの』

 『忘れもの』 と 『探しもの』、似ているが全く違う。

 『忘れもの』 には意思がない。無くした人が不要だと思えば、そのまま忘れられてしまう。


 一方、『探しもの』 には意思がある。誰かが見つけたいと願う対象である。誰かが探したいと強く願った瞬間、『忘れもの』 は 『探しもの』 に変わる。


 彼の名前はショウタ。彼にはどうしても探したいものがあった。それは、亡き彼女に十三文字を伝える方法。怪しい勾玉まがたまでも何でもいい。伝えることさえできれば。


 ショウタは二十代後半、霞が関の官庁に勤めている。妻のアカネも彼と同世代の二十代後半。博士号をとり大学の研究室で研究をしている。アカネは派手ではないが、髪を少し茶色く染めたポニーテールがよく似合う美人だ。友人が企画した飲み会でショウタが一目惚れをした。


 結婚したのは二年前。

 最近は互いに仕事が忙しくなり小さなケンカが増えていた。

 ショウタの職場は頻繁に深夜残業があった。アカネは朝決まった時間に家を出て、夜は七時には帰宅した。生活の時間帯が合わないこともケンカが増えた要因の一つだった。


「ただいま」

 その日、ショウタが自宅のマンションに帰宅したのは深夜一時だった。テーブルに夕食が置かれており、 「温めて食べてね」 とおき手紙があった。

「まずは、ビール、ビール」

 冷蔵庫を開けてビールを取り出したとき、ドアが開く音がした。

 一度、寝付いていたアカネが起きてきた。

「今日も遅いね。お疲れ」

「おお」

 ショウタは待ちきれずに冷蔵庫の前でビールを開けた。

「ショウ君、見てみて。今日、ワンピース買ったんだ。どう?」

 わざわざ、部屋でパジャマから着替えてきたのだ。

 少し大人っぽいカーキ色のワンピース。


「疲れてるんだから、すこし静かにしててくれないか」

 ショウタは語気を荒げて言った。疲れと長時間労働で神経が高ぶっていた。昔なら腹が立たないようなことに怒りを感じるようになっていた。

「ごめん。先に寝るね・・・・・・」

 アカネは肩を落として寝室に戻って行った。申し訳ないと思ったが、一番気になる事は翌日の重要な会議だった。彼はシャワーを浴びたあとソファーで寝てしまった。


 朝起きるとアカネは先に出勤していた。朝ごはんがテーブルに置かれていた。

(最近、彼女の「行ってきます」 を聞いていないな)

 朝食を手早くとりながらショウタは思った。


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