019 松戸ダンジョン攻略(その2)


 全五階層から成る松戸ダンジョンは、岩肌に覆われた洞窟型であり、通路と小部屋が断続する構造をしている。そんな迷路を凶暴な鬼たちが徘徊しているのだから溜まったものではない。

 そんな危険極まりないダンジョンの通路を羊太郎たちは緊張感なく並び歩く。


「確認しておくぞ。餓鬼だけのグループのときはどうする?」

「山城さんがサポート。メインの私が空から首を刎ねまーす」

「よし。赤鬼が混ざった時は?」

「私がサポート。メインの山城さんが首を刎ねます」

「首を刎ねる以外の選択肢も出せよ……」


 通常フロアに出現する鬼たちは、餓鬼、赤鬼、青鬼の三種類だ。ボスフロアである

五階には、迷宮主たる茨木童子が鎮座している。

 ダンジョンの総合難易度はCクラス。


 ここをクリアできれば、冒険者としてはB級の実力が認められる。そうなれば、企業専属クランに加入してプロの冒険者となることも夢ではない。ゆえにCクラスダンジョンは冒険者の登竜門とも言われているのだ。


 もっとも、羊太郎にその気はない。

 健康保険や厚生年金を考えると、早く企業に勤めて社会保険に加入したい思いはある。ただし、冒険者として勤めたいわけではないのだ。


 企業所属ともなれば、モンスターの素材をかき集めるのがメインの仕事となるから、日ごろからダンジョンに入り浸ることになる。気分が乗ればいいが、乗らないときでもダンジョンに潜らなければならない生活はまっぴらごめんなのである。


「っと、さっそくお出ましだぞ」


 通路を抜けた小部屋には三体の餓鬼がいた。

 体長は一三〇センチほど。肋骨の浮く痩せ細った身でありながら、腹だけ膨れた異様な姿を持つ小鬼だ。常に餓えていて、どれだけ攻撃を与えようとも絶命の瞬間までは這ってでも向かってくる悍ましい習性がある。スリルホラーの一説に出てきそうなモンスターだ。


「餓鬼だけのグループですね。私の薙刀が唸りますよ!」

「無理すんなよー」


 駆け出す蜂ヶ谷に呼び掛けながら、羊太郎は魔術スキル《バインド》を発動する。

 足元から魔力のツタが伸び、あっという間に餓鬼の一体を拘束せしめた。蜂ヶ谷は肩越しに笑い、空中を陸と同じように走っていく。


「~~っ! この空を翔けていく瞬間がたまらないですね~っ!」


 蜂ヶ谷の魔法スキル《空中散歩》は、空中に魔力の足場を作る能力だ。散歩などと名づけられているが、歩行時にしか発動できないわけではない。

 その能力は、首刈り魔である蜂ヶ谷と相性バツグンだ。


「いきますよぉ!」


 蜂ヶ谷が加速する。魔術スキル《加速アクセル》の効果だろう。

 その勢いで拘束中の餓鬼に接近すると、蜂ヶ谷は大きく得物を薙ぎ払う。餓鬼は抵抗もできないまま首を飛ばされ魔石となった。


 二体目、三体目もあっけなく首を刈られて終わりだ。

 本日初めての戦闘は狂犬の圧勝である。初動こそサポートしたが、二体目以降は何も手を加えていない。もっとも、餓鬼は異常な執着がウリなのであって、一撃で首を飛ばせればゴブリンにも劣るモンスターなので当然ではある。


「さすが、企業クランに勧誘されるだけはある」


 以前ダンジョン内で企業所属のクランと鉢合わせた際、蜂ヶ谷の戦闘スタイルを見たクランからラブコールを受けたことがあった。

 提示されていた条件は悪くなかったが、蜂ヶ谷はにべもなく断った。


『冒険者として酷使されるうえに広告塔にまでされるなんて嫌ですよ』


 と、顔中しわくちゃにしていたのを覚えている。もったいない気もするが、本人の意思が重要なので羊太郎は一切の口出しをしなかった。


「アイツ、やっぱりクランに入ったほうが良かったんじゃないのか? 福利厚生もしっかりしたところだったし、今じゃ本人も戦闘狂の気があるし……」


 蜂ヶ谷の攻めの姿勢は先方からも絶賛されていた。

 魔法と身体能力を活かした物理攻撃が評価されていたが、蜂ヶ谷の何よりの強みは豊富な魔力を活かした選択肢の多さにある。魔法メインで前線に出ることもできれば、魔術メインで後方支援に徹することも可能なオールラウンダーが蜂ヶ谷なのである。

 そんな蜂ヶ谷が勢いづくと、餓鬼ごときでは止められないのだ。


「やっぱり雑魚狩りが一番楽しいですねえ!」


 華麗に着地する姿に羊太郎は目を眇める。


 ──前言撤回。アイツは雇われなくて正解だ。


 立場を考えない問題発言で炎上して解雇される未来が見える。なんなら解雇されたのちに羊太郎のアパートまで転がり込んできそうである。

 とはいえ、猫を被るのが上手い蜂ヶ谷のことだからそのあたりは上手くやるのかもしれない。

 

 そんなことを考えているうちに、蜂ヶ谷がのんきな顔で戻ってくる。


「どうでしたか? 槍のときよりかける時間が短くなってる気がしません?」

「……ん。確かに早まってると思う。今日の調子は?」

「いい感じです! この調子でサクッとボスも倒しちゃいましょ~っ!」


 おー、と掛け声とともに気合いを入れる蜂ヶ谷。

 薙刀の購入金額以上に稼ぐためにも今回のダンジョン攻略は重要だ。なにせ、C級ダンジョンのボスともなると、魔石だけで五十万はくだらない。ボスに関連したドロップアイテムがあれば、三桁万円獲得もあり得る美味しいダンジョンなのである。


「ま、ケガしないようにいこう」


 言いながら、羊太郎は蜂ヶ谷の腕に目をやる。

 そして今回のダンジョン攻略は、羊太郎にとっても己の力量を見定める試金石だ。これ以上を目指すべきか、あるいは現状の維持に努めるのか。何より、いつまでも蜂ヶ谷を拘束するわけにはいかないと思ったからだ。

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