オムニバス:とある世界の聖女達

笛路

第1話 くしゃみの聖女

 



「ふぇっ……ブェックショォォイ! づぁぁぁ…………あ?」


 ちょっと待って欲しい。

 私は会社の女子トイレに入ったはず。下を向きながらくしゃみして、顔を上げただけ。

 なのになぜか知らない白い部屋で、白いローブの外人達に囲まれているんだ!? あと、一人だけ白いゴムマスクみたいなの着けてるヤツがいる。怖っ。キモッ。

 取り敢えず、ゴムマスク男はスケキヨって名付けようかな。

 ふと下を見ると、足下に魔法陣みたいな幾何学模様の何かがキラキラと輝いていた。

 一歩進んで、一歩右に、一歩下がる。魔法陣がついて来る。

 ……最近のプロジェクションマッピングは凄いねっ!


「聖女様、ようこそ我が国にいらっしゃいました!」


 仕方が無い、ここは素直に認めよう。

 私、今川いまがわ しずく、二十八歳、一般事務員、聖女召喚されました! ……マジか。最悪だ。仕事どうしよう。




 そもそも、昨日の夜から散々だった。

 六年付き合った彼氏に振られた。

 理由は「くしゃみの音が煩い。豪快すぎる。唾が飛んでくる。鼻水かんだり、啜ったりする音が生理的に無理。時々土偶みたいな顔になるのも生理的に無理」とか言われてフラれた。

 くしゃみでフラれた。

 鼻水でフラれた。

 通年性のアレルギー性鼻炎で苦しんでいる顔でフラれた。

 二十八歳の誕生日ディナーに行く直前でフラれた。

 つか、六年も一緒にいたくせに『生理的に無理』って何だ! と荒れに荒れて、ヤケ酒。そして二日酔い。

 でも、頑張って出社したんだよ!? なのに、異世界召喚って。マジか。




 なんやかんやあって、王城で聖女教育を受ける事になった。

 スケキヨと名付けたゴムマスク男が教育係らしい。火傷で顔中が爛れて醜いからゴムマスクを着けてるんだとか。元ネタのまんまやんけ。

 スケキヨと一緒に毎日毎日毎日……勉強やら訓練やらしたけど、特に何も起こらなかった。

 一年後、無能聖女と呼ばれ、私が召喚された神殿的な所の掃除女として働くように言われた。


「スケキヨー、ごご、ほごりっぼいっ……」

「スケキヨじゃ無いです」

「フヒッ……ブベクショォォィッ」

「ちょっ、滅茶苦茶ツバ飛んできたんですけどっ!」

「めんご。あれ? スケキヨ光ってるよ?」

「スケキヨ呼ぶなや……え? これは聖女の癒やしの光……」


 スケキヨがゴムマスクを外すと火傷やら爛れは綺麗に消えていた。

 それから私はくしゃみの聖女と呼ばれるようになった。

 いや、くしゃみの聖女って何なんすか。

 取り敢えず、それだけが不満です。



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