捨てる命なら私にくれないか
三郎
第1話:出会い
私は昔から、思ったことがすぐに口に出てしまうタイプだった。
そして、空気を読むのが苦手だった。
自分が正しいと思い込み、意見を押し付け、他人の意見は聞かずに否定して——とにかく、最低な女だった。周りから嫌われていることには、一切気づかなかった。むしろ、好かれていると思っていた。誰も私が間違っていると強く言わなかったから。
いや、言ってくれていた子はいた。私はそれを聞かなかった。自分で言うのもなんだが、自分が正しいと信じて疑わない自信過剰な人間は厄介だ。人の意見を聞き入れないのは自信があるからではなく、自分を過信しているからだと、今ならそう思える。
嫌われていたことに気づいたのは、中学生二年の春頃だった。好きな男の子に、告白された。
「
私は喜んで受け入れた。すると彼は驚いた顔をし、嫌そうな顔をして後ろを見た。彼の視線の先には、複数の同級生が居た。彼らはニヤニヤしながら、頷いた。それを見て彼は舌打ちをした。
「……佐藤くん?」
「あー……ごめん、安曇さん」
「名前で呼んで。幸子って。恋人同士になったんだからさ」
「……」
「なんでそんな嫌そうな顔するのよ」
「いや……マジで付き合うの?」
「え?だって、付き合ってほしいって言ったじゃない」
すると彼はため息を吐いてこう言い放った。
「罰ゲームだよ」
「……罰ゲーム?」
「そう。罰ゲーム。なぁ、罰ゲームは告白だけだったよな?付き合う必要はないよな?」
「おいおい、それじゃあ面白くないだろ佐藤」
「いや、こんな勘違い女と付き合えないって。マジで。ストレスで死ぬわ」
「顔は好きだとか言ってたじゃん」
「顔だけな」
彼らは私の前で言いたい放題言って、ゲラゲラと笑った。何を言われているのか理解出来なかった。したくなかった。好きな人に告白されて、嬉しくて舞い上がっていたのに。
「そういうわけだからごめん。俺、君のこと嫌いなんだ。まぁ、顔と身体はタイプだから、どうしてもって言うなら——」
反射的に、手が出た。もう何も聞きたくなくて、私は彼を殴って逃げた。
そしてその日から、学校に行かなくなった。怖くて行けなくなってしまい、家に引きこもるようになってしまった。
両親はそんな私に優しく寄り添ってくれた。しかし、悪く言えば過保護だった。私の言うこと全てを肯定し、学校に行きたくないなら行かなくて良いと甘やかしてくれた。そして、心配して家庭訪問しようとする先生達を門前払いした。自分の自信が過信だったことに気づいてからは、両親の全肯定がつらくて仕方なかった。
そのまま不登校は続き、卒業式がやってきてしまった。
高校への進学は出来ず、そのままニートになった。両親は、そんな私に通信制の高校を勧めてくれた。私は断った。人と関わることがトラウマになってしまっていた。
引きこもり生活で心は疲弊し、いつしか私の中に、自殺願望が芽生えた。
16歳の春。私は、死ぬためにマンションの屋上へ向かった。
落下防止用のフェンスに足をかけようとした時だった。
「君、もしかして飛び降りるつもりかい?」
聞き馴染みのない女性の声に振り返ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「だ、だったらなんですか……あなたには関係ないでしょう」
「あぁ、そうだね。関係ないな。関係ないが……」
女性は、コツコツと足音を鳴らして、私に近づいてきた。思わず後ずさるが、後ろはフェンスで逃げ場がない。
「……ふむ」
「な、なんですか……」
「君、可愛いな。いくつ?高校生か?」
「な、なんですか急に……」
「口説いてるんだ」
「はぁ?」
「一目惚れした。付き合ってくれ」
「はぁ!?付き合うって……ど、どこに?」
「お約束のボケをするなよ。言わなきゃ分からないか?恋人になってくれって意味だよ」
「い、意味がわかりません」
「そのままの意味だが?」
「いや、あの……だって私達、初対面でしかも女同士で……」
「……あぁ、すまない。名乗ってすらいなかったな。私は
「いや、あの、私は同性愛者じゃないので……」
「私も違うよ。バイセクシャルなんだ。けど、どちらかといえば同性の方が好きだな」
「は、はぁ……」
第一印象は、変な人だった。彼女は私に飛び降りる隙を与えることなく、畳み掛けるように質問を投げかけてきた。
「君の名前は?」
「……安曇幸子」
「幸子か。可愛い顔の割には地味な名前だな」
「悪かったわね……」
「歳は?」
「16」
「ということは高一?」
「高校は行ってません。ずっと、不登校だったから」
不思議と、私は彼女の質問にすらすらと答えてしまっていた。警戒していたはずなのに、彼女の不思議な雰囲気が、いつの間にか私の警戒を解いていた。
「……県内一って言ってたよね」
「あぁ。偏差値八十を超える化け物が集まる巣窟だよ」
「ヘンサチ……ソウクツ……」
「RPGでいうと、終盤のダンジョン……いや、クリア後の裏ダンくらいのレベルだな」
「……よく分からないけど、とにかくレベルが高いんですね」
「うむ。いやぁ。とんでもないところに入学してしまったよ。正直なめてたな。おかげで留年してしまったよ」
「なんでそんなところ行ったのよ」
「記念受験したら受かってしまったんだ」
「うわ……入りたくても入れなかった人に謝れ」
「哀れまれる方が嫌じゃないか?」
気付けば私は彼女との会話に夢中になっていた。こんなにも人と会話したのは久しぶりだったが、不思議と緊張も何もなかった。親と話すように、いや、それ以上に自然体で話せていたと思う。
「……喜子さんは、私に一目惚れしたんだよね」
「あぁ。顔がめちゃくちゃタイプだ」
「……中二の頃に好きだった人にも同じこと言われたんです。顔だけが好きだって。……私、中身はクズだから。……喜子さんも、中身知ったら幻滅する」
「問題無いよ」
「なんでそう言い切れるんですか……」
「なんでって……顔に惚れたからな。中身はどうでも良い。クズだろうが、どうでも良い。抱かせてくれるなら」
「……まぁ、それくらいなら別に。女同士だし。……はい。どうぞ」
両手を広げる。すると彼女は苦笑いしながら私に近づき、私を抱きしめた。そして囁く。
「私が言ったのは抱きしめさせてほしいって意味じゃなくて、セックスさせてって意味だよ」
私の性知識は中二で止まっていた。しかし、流石にセックスという言葉の意味くらいはなんとなくわかっていた。思わず彼女を突き飛ばし、離れる。
「さ、最低!!」
「いいじゃないか。どうせ捨てる命だったんだろ?だったら死ぬ前に一回くらい——「近寄るな変態!!」」
すると彼女はぴたりと足を止め、それ以上は近づかず、こんな提案をしてきた。
「ならせめて、明日、一日だけ私とデートをしてくれないか?」
「……」
「そう警戒するな。ただのお出かけだ。無理矢理抱いたりはしない。合意がないと強姦になってしまうからね。君が良いよと言ってくれるまで、手は出さない。じゃないと、私は警察に捕まってしまう。女同士だろうが、犯罪は犯罪だ」
「……」
「今すぐ死にたいわけじゃないんだろう?私の話を聞いてくれる余裕があるくらいなんだし。だったらもう一日くらい、頑張ってみないか?」
「……本当に、何もしない?」
「もちろん。犯罪を犯して、家族を悲しませたくはないし……それ以上に、嫌がる子を無理矢理犯しても楽しくないしね。せっかくなら、君にも楽しんでほしい」
「いや……楽しむも何も、私、あなたのこと好きじゃないし……好きでもない人とそういうことしたいと思えない」
「だから好きになってもらうためにチャンスをくれと言っているんじゃないか。必ず、私に惚れさせてみせる」
「どこから来るんですかその自信。もう既に好感度マイナスなんだけど」
「ふふ。私はこう見えてモテるんだよ?付き合ってくれという女の子は後を立たない」
「……嘘でしょ」
「バレンタインデーになると食べきれないほどのチョコレートをもらうよ」
「義理でしょ」
「ファンクラブまで出来るほどの人気だよ」
「絶対嘘」
「ふふ。どうする?デート、してくれる?誘いを受け入れてくれるなら、最高の一日を約束しよう。どうせ死ぬんだ。最後くらい、幸せ夢を見たくないか?」
「……」
「受け入れてくれるなら、明日の朝九時にまたここに来てくれ。待っているから」
「明日って、平日ですけど。学校は?」
「サボるよ」
当然だろう?みたいな顔をして彼女は言った。
「……そんなんだから留年するんじゃないですか?」
「いつもサボってるわけじゃないよ。明日は君の最期の日なんだ。少しでも長く一緒に居たい。学校なんて、一日くらいサボったって問題ないよ」
「何よそれ……今日知り合ったばかりなのに……」
「ふふ。恋は突然始まるものだよ。そういうわけだから、死ぬのはもう少し保留にしておいてくれると嬉しいな。あくまでも、これはお願いだ。聞くか聞かないかは君の好きにするといい。じゃ、またね」
そう言って彼女は、屋上を後にした。広い屋上に、一人取り残される。フェンスの隙間から下を覗くと、無くしたはずの死に対する恐怖が込み上げてきた。
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