21-ⅩⅩⅩⅨ ~法廷キャンプと容疑者たち~

 殺人犯が、法廷の中にいる――――――。


 その言葉に、報道陣は、ごくりと息を呑み、扉の前の蓮と法廷を交互に見やった。殺人犯がいるという危険な環境と、大スクープの予感。自分の身の安全か功績か、どちらを取るかを一瞬で決めあぐねているようだった。


 そんな報道陣をよそに、ただこの法廷に来ていただけのおじいちゃんおばあちゃんたちは、慌てたように蓮の前へとやって来た。厳密に言えば、法廷から唯一出られる扉に、だが。


「……と、通しておくれよぉ。ワシは何もやっとらんよ」

「悪いな、ジーさん。終わるまで待っててくれよ」

「お、おしっこに行きたいんじゃ! このままじゃ漏らしてしまう!」

「そーゆー人もいると思ってな。ほれ」


 蓮が指さすと、今度は傍聴席の隅っこ。そこで愛が、何とテントを設営していた。……裁判所だぞここ。しかも、椅子の類はどかして、朱部がテントを固定するための器具、通称ペグを打っている。だから裁判所だっつーの。


「はーい、お手洗い希望の方はこちらにお願いしまーす。食料もあるので、落ち着いてくださーい!」


 なんと用意のいいことか。テントの中には簡易トイレが用意されており、その横には携帯食糧が空席だった椅子の上に用意されている。まるで災害の避難所のようだ。


「まあ心配しなくても、そんなに時間かかんねえから」

「こ、こんなところでトイレなんて、できるわけなかろうが!」

「あっそう。じゃあ――――――」


 蓮に詰め寄る老人の腰を、何かがクイクイと引っ張る。

 老人が振り返ると、そこには安里夢依が立っていた。――――――紙おむつを持って。


「それ履いて、いざという時に備えてもらわないといけねえけど、どうする?」

「……っ! わかった、座るよ……」


 ここまで用意周到で老人も観念したのか、いそいそと席に戻った。どうやら、おしっこというのは外に出るための方便だったらしい。悔しかったのか、携帯食糧をちょっと多めに持って行ったようだ。


「……さて。準備もできたし、始めましょうか」

「いやいやいやいや!」


 安里を止めたのは、当然。この法廷を取り仕切る、裁判長だ。


「認められるわけないでしょう! こんな、こんなの……! ほぼ監禁じゃないですか!」

「ほぼというか、監禁なんですけどね」

「あっさりと言わないでください! 前代未聞ですよ、こんなの」

「だってこうでもしないと、犯人逃げちゃいますし」

「いやだからって、こんな強引な……!」

「次の裁判の開廷までには終わる予定ですから。……朱部さん、オッケーです?」

「ええ。音声、配信に乗せたわよ」


 朱部がノートPCを片手にサインを出す。安里はそれを見てうん、と頷くと、改めて仰々しく話し始めた。


「――――――それでは、裁判を続けましょう。被告人を電話で脅迫していたのが、誰かというところからでしたね。それについては――――――貴方にお聞きしましょうか。北田さん」

「えっ!? ……痛っ!」


 突然名指しされた北田は狼狽のあまり、傍聴席の椅子にむこうずねをぶつけてしまった。激痛に、役員たちが見下ろす中で「ううううう……!」とうずくまる。


「だ、大丈夫か、北田店長!」

「はい……な、何で私!?」

「だってこの法廷の中でこの声のこと知ってるの、貴方がただけでしょう」

「……それを知っているというのは、どういうことですか?」


 北田たちにとっては都合の悪いことに、裁判長も食いついてしまった。普通は部外者に意見を求めるなど、裁判では絶対にやってはいけないことなのに。


 とはいえ、これはもはやイレギュラーだらけの裁判。従来の常識にとらわれてはならない。そういう意味では順応が早いという点で、裁判長は聡明な人間であると言えるのだろう……か?


「お答えいただけますか?」

「……っ!! そ、それは……その、えっと……!」

「名前を出すのが憚られるなら、此方から言いましょうか。イエスかノーかでお答えいただければ」


 狼狽し、しどろもどろな北田に対し、安里はにこやかに提案する。これは優しさに見せかけて、結局のところ答えさせるのは変わらないので、彼にとっては地獄でしかない。


「――――――脅迫電話の声の主は、。貴方の部下として、東堂不動産徒歩支店で働いていた従業員、そして……本件の被害者。違いますか?」

「う……あ……!」

「……北田店長……!」


 役員たちの冷たい視線。それどころか、法廷にいる全員が北田に視線を集めている。

 この反応はもう一目瞭然ではあるのだが。安里はあくまで、言葉による肯定を求めていた。


「イエスか、ノーか。どうです? 北田店長」

「……北田さん、どうなのですか」

「………………はい………………」


 搾り切った、滓のような声だった。それを聞き取れたのは、法廷の中でもわずかな人数しかない。


「まあ、認めたくないのもわかりますよ。何せ、大事な大事な部下ですもんね? そんな彼がこんな事をしていたなどと、考えたくはないものです」


 物凄く、嫌みと皮肉が混じった言い方だった。


 実際のところは、日向は北田含む徒歩支店の面々から、社内いじめを受けていた。常日頃から彼が自分から退職するように、嫌がらせを繰り返していたのだ。

 当然、北田だけの判断ではない。彼が所属する営業部の部長、ひいては会社の役員なども、彼が会社からいなくなることを期待していた。


 ――――――会社からいなくなる。つまりは――――――。


。それでも、別に良かったわけですよね?」


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


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