21-ⅩⅩⅩⅧ ~法廷ジャック~
「――――――異議あり!」
安里の主張に、検察側は慌てたように手を上げる。
一審の判決で無罪になったものを、二審でも無罪にする。こんなものは茶番だ。変わらない判決のための裁判など、何たる無駄なことか。
だが、こうして議論が進む以上、今までの裁判とは異なる矛盾が出て来る。そこを検事という仕事上、見逃すことはできない。
「被告人には事件にアリバイがあるというが、被告人は実際、警察へ出頭し、自首をしている! このことをどう説明される!?」
(……やっぱりそこを突いてきますよね)
藤井の疑いの晴れない、もう一つの理由。それが、「自首」という事実だ。
はっきり言って他の証拠など、世間的にはどうでも良い。自ら罪を認め出頭した、この一点こそが、藤井が犯人扱いされる決定的な要因だった。そりゃ、「自分が犯人です」と言っているようなものなのだから、当然と言えば当然なのだが。
「被告人に先の様なアリバイがあるというのであれば、なおさらおかしい。無罪の証拠があるというのに、犯人を名乗るなど!」
「ええ、おかしいですね。そこは私も検察側に、全面的に同意しますよ。……では、今度はその点について、被告人に尋問すると致しましょうか」
あくまでも裁判の進行は、尋問によって行われる。どんな疑惑があるにせよ、それを引き出すのは尋問されている藤井が言うことだ。
「藤井さん。貴方は事件当時のアリバイがあるにもかかわらず、自首をしましたね」
「はい」
「自首した時は、どのように言ったのですか?」
「……連続暴行事件の、犯人です、と。そう言いました」
「暴行事件の犯人、ですね?」
「はい」
「では、貴方は殺人事件については、犯人だとは言っていないのですね?」
「はい。出頭したとき、いつの間にか人も殺したことになっていました」
「それを否認はしなかったのですか?」
「……最初は気が動転して、違うと言いました。でも、信じてはもらえませんでした」
「どうしてアリバイがあるのに、暴行事件の犯人だと出頭をしたのですか?」
「……出頭する、ひと月ほど前に、電話がありました。匿名の電話でしたが……」
「裁判長。その電話の内容ですが、被告人のスマホから復元することが出来ました。こちら、証拠品として提出いたします」
『――――――藤井芳樹の携帯で、間違いないか?』
『そうですけど……あの、どなたですか?』
『お前の秘密を握っている』
『え……っ!! な、何を……!』
『それが嫌ならこちらの要求を聞いてもらおう。また連絡する』
『あ、ちょっと―――――――!』
復元された音声が法廷内で再生され、一同は言葉を失った。
(……何か、俺達が聞いてたのと違うな?)
(安里さん、一部を加工してるよね……)
恐らくは、肝心の内容をぼかすためだろう。藤井の働く『らぁめん がんてつ』の違法風俗店の斡旋。それを、法廷に知られないための。
まあ、実際事件の根幹にかかわる部分ではない。根幹は、この音声そのもの。具体的には、誰がこの電話を行っていたか。
蓮はちらりと、対角線上の一にいる、東堂不動産の集まりを見やった。どんなリアクションをしているかと思った。
案の定、一番大きなリアクションをしているのは、徒歩支店長の北田。青ざめた顔で、脂汗をダラダラ流しながら、口をパクパクさせている。
「……そ、そんなっ……! い、い、い、今の声は……っ!」
ある意味可哀想な男だ。こんなところで、自分の元部下がとんでもないことをやらかしていたことを、知ってしまったのだから。
そして北田の他、役員の連中も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。どうやら全員、声の主に聞き覚えがあるらしい。平社員ながらも、多少話したことくらいはあったようだ。
『連続暴行事件の犯人として自首しろ』
『え……それって、何で!』
『それをお前が知る必要はない。ただ、言う通りにすればいいんだ』
『でも、そんなことしても……』
『もう一つ。自首するときに、身分証として学生証を持って行け。持ってるよな?』
『……っ!!』
『何で、俺がそんなことを……!?』
『質問は聞かん。黙って言う通りにしろ。俺も、それ以上は何も要求しない。自首しなければ、世間に拡散する』
「……というのが、被告人が自首する1ヵ月と少し前にかかってきた通話の内容です。この記録から、被告人が自首をしたことは本意ではなかったことが伺えます」
「なんと……!」
そうなれば、今まで藤井に向けられた疑いそのものが、逆に疑わしいものになってしまう。無罪のアリバイまであり、自首する理由もあるというのだから。
「……い、いや! 異議あり!」
「検察、何でしょう?」
「仮にこの電話が被告人の自首の理由だったとして、その脅迫内容がわかりません! 内容次第では、自首する理由としては不十分である可能性も――――――!」
「異議あり」
ここで、初めて安里が異議を唱える。検察もさっきからやっていることなのに、安里が言うと妙に緊張感が法廷を張り詰めるようだった。
「被告人がどのような内容で脅迫されていたのか。それは、本件には全く関係のないことです」
「しかし……!」
「さらに言えば、これ以上不必要に探れば、それは被告人のプライバシーの侵害に該当することもあり得ます。……こちらは構いませんが、どうします?」
にこやかであり、しかして恐ろしさすら感じる安里の詰め。検察は気圧されてしまったようで、「いえ……」と渋々席に着くことしかできなかった。
「それでは、話を戻しましょう。……いいですよね? 裁判長」
「ええ、弁護人の異議を認め、検察の異議を却下します。弁護人、続けてください」
「この音声の記録の通り、被告人は何者かによって脅迫を受けており、そのために警察に出頭しました。……藤井さん、そうですね?」
「はい……電話で言われた通り、綴編高校の生徒手帳を持って、警察に行きました」
「……脅迫の相手はなぜ、学生証を持って自首するように指示をしたのですか?」
「綴編高校は、地元でも有名な不良校です。そこの生徒であることを示すことで、暴行事件の犯人であることを印象付けたかったのでしょう。事実、綴編の肩書に踊らされた世間は、証拠不十分で無罪になった後も被告人を犯人だと誹り続けた」
つまりは、脅迫犯の思い通りになってしまったわけだ。全く、歯がゆい限りである。ちょっと嫌みの籠った安里の言葉に、マスコミの皆さんは耳が痛そうな顔をしていた。ここまでの状況証拠が揃っている以上、この場にいる人たちは少なくとも手放しで藤井を犯人だとは言い出せない状態になっている。
「……では、一体。誰がこのような脅迫電話を、被告人にしたというのですか!」
「それは……」
裁判長の問いかけに、安里は答えかけて――――――指を、パチンと鳴らした。
それは、合図だ。蓮たち、安里探偵事務所の面々に向けた、最後の総仕上げの。
「……今のは……?」
首を傾げる裁判長達だったが、法廷でその時動いたのは――――――紅羽蓮だった。
すくっと立ち上がると、法廷の出入口に向かう。最初こそ周囲は「トイレにでも行くのか」と思ったが、それは違うとすぐにわかった。
扉の前に着いた途端、蓮はくるりと踵を返す。そして、傍聴人が唯一出入りできる扉に、どかっと寄りかかった。
「……え……!」
傍聴席にいた一人の記者が、思わず声を漏らした。
どうして、そんな事をする?
お前がそこに陣取ったら――――――誰も、法廷から出られないじゃないか!
「被告人の無罪については、あらかた証明できたでしょう? でもそれではこの事件は、何も解決しない。玉虫色の部分が少しでもあれば、世間はまた被告人を罪人扱いするでしょう」
無言で扉の前に仁王立ちする蓮の代わりに疑問に答えたのは、弁護側にいる安里だった。
「なので、ここからは延長線上。真犯人を追求し、罪を暴く裁判の始まりだ」
「何だって……!?」
安里の言葉に、法廷がざわめきだす。
だってそうじゃないか。真犯人の罪を暴くだけなら、わざわざ紅羽蓮が出入口に立ちふさがる理由はない。言葉と証拠で、犯人を明らかにすればよいだけだ。
それをそうせず、わざわざ法廷に傍聴人を閉じ込める。ということは――――――。
「皆さん、ご理解が早くて助かりますよ。逃げられたくないんでね、ちょっと乱暴ですけどこういう手段を取らせてもらいました」
安里は愕然とする法廷の一堂に対して、にこりと微笑んだ。
「――――――そう。日向望さんを殺し、被告人に罪を擦り付けた真犯人は、この法廷の中にいます」
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