3-Ⅹ ~夜の街に消えた少女~

 児童養護施設の職員たちは、夜の町を駆けまわっていた。総勢10名以上のメンバーで、町を片っ端から走り回っている。


 母親の死を告げて数日。特に変わった様子もなかったから、すっかり油断していた。


「……そう。ママ、死んだの」


 告げた時も、そんな風にそっけなかった。お墓参りに行こうか、と言っても、「別にいい」と言って、そのまま部屋に籠ってしまっていた。

 だから、いきなり施設から出て行くなんて、思いもよらなかった。

 彼女の私物であるスマホと財布もない。家の鍵は持っていなかったから、自宅に戻っているという線は薄いだろう。


 警察への連絡は済ませてある。あとは、自分達でも探すのみだ。


「夢依ちゃ――――――ん!」


 叫びながら走る。歩く人々は何事かとこちらを見ているが、そんなのに構ってもいられない。


 ひたすらに走り、辺りを見渡す。


 だが、彼女の行方どころか、足取りすら全くつかめなかった。


 そして、失意のまま夜が明ける――――――。


***************

 

 見覚えのある顔の男性がやつれた顔で町を歩くのを、立花愛が見かけたのは、紅羽蓮が内藤麻子と夜の町で出くわしてから3日後の朝であった。


 通っている桜花院女子校からの帰りであった。友人の平等院びょうどういん十華とおかと、巴田ともえだ絵里えりと一緒に、帰りにビデオ屋にでも寄ろうかと話していた時の事である。


「……あれ? あの人……!」

「愛、知ってるの?」


 いかにもお嬢様であり、金髪のドリル髪の十華が尋ねる。愛は頷く前に、彼に向かって駆けだした。


「……あの、夢依ちゃんのいる施設の方ですよね……?」

「……君は……!」


 男性は、愛の顔を見ると、そのまま白目を剥いて倒れてしまった。


「え、ちょっと!? ちょっと!?」

「き、救急車!」

「ふ、ふひいいいいいいいいい!?」


 大慌てになった3人だったが、結局は十華が通報し、愛は彼の様子を窺う。意識を失ってはいるが、呼吸はしっかりしているようだ。慌てふためいていたのは、対人スキルに難のある巴田だけであった。


 そして、救急車によって男性が運ばれたことを施設に伝えると、彼の同僚であろう女性が病院までやって来た。


 男性が倒れた理由は、三日三晩食事もほとんど取らずに走り回っていた、栄養失調と過労らしい。


「本当にありがとう。ごめんなさいね、救急車まで呼んでもらって」


 女性は愛たちに頭を下げる。


「い、いえ、とんでもないです。……あの、何かあったんですか?」

「……そう言えば、あなたよね。夢依ちゃんのお母さんが亡くなったって伝えてくれたのは」

「そ、そうですけど……」


(ちょっと、夢依ちゃんって誰?)

(……安里さんの姪っ子さんだよ。本人は知らんぷりしてるけど)

(……もしかして最近言ってたストライキの理由って、それっスか?)


 小声の巴田に、愛はこっそりと頷いた。


「……実は……三日前になるんだけどね。夢依ちゃんが、施設を出て行ってしまって」


「「「……え?」」」


 3人そろって声が出た。女性は、気まずそうに眠っている男性を眺める。


「元々、お父さんがいないみたいでね。お母さんが一人で育てていたらしいんだけど、実際は男漁りに売春で小金を稼いでいたみたいで。家に知らない男が上がりこんでいたこともあったみたい。……あの人が、それに気づいて必死に保護したのよ」


 夢依の母親であるなつめは、夢依を返せと何度も言ってきた。だが、彼は「今夢依ちゃんをあなたの元に帰しても絶対に不幸になる。お母さんが変わらないと彼女を返すことはできない」と、ずっと突っぱねていたそうだ。


「……あー、そういう。毒親って奴っスか」


 意外なことに、理解を示したのは巴田だ。


「私もパパがそんなんだったから、なんとなくわかるっス。うちの場合は、ママが離婚して縁を切ったから、そこまでひどくはならなかったっスけど」


「最初から、ちょっとほかの子とは違ってね。帰りたい帰りたいって泣く子も多いんだけど、あの子は全然泣かなかったし、何なら表情一つ変わらなかったのよ」


 一部の職員の間からは、気味が悪いと言われたりもしていたらしい。だが、男性だけは、必死に彼女の心を開こうとしていた。


 事実、彼女も一年、一年もかけてようやく、彼に心を開きかけていたのだ。


 だが。よりにもよって、彼が知らせてしまったのだ。


 彼女が一番、知りたくなかったであろう、「母親が死んだという事実」を。


「元々感情を表に出さない子だったから、誰も気づけなかったのよ。まさか、夜のうちに一人で抜け出すなんて……!」


 女性も、頭を抱えてうずくまってしまう。


「ど、どうするんスか!?」

「さすがに、今のを聞いて「はいそうですか」で済ますほど、私はドライじゃなないわよ!?」


 息まく二人に、愛は頷く。そして、彼女はスマホを取りだした。


 まずは、この事実を知らせなければならない相手がいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る