14EX-Ⅵ ~お見舞いに来るカノジョ~
「……え?」
紅羽みどりより報せを受けた愛は、愕然としてスマホを落としてしまった。
――――――紅羽蓮が、風邪を引いた。そのため、初詣には行けない。
「――――――小僧も風邪をひくか。それなら仕方ないな」
「……せっかく、色々準備してたのに……」
愛のスマホには、当日のスケジュールがメモに書かれていた。近所の神社で初詣を済ませた後、一緒にカラオケに行く。そこで時間を潰して、一緒に初日の出を拝むという、なんともアバウトだが長時間のスケジュールだった。そのため、神社近くのカラオケボックスなども、検索していたのに。
そして愛が最も辛かったのは、蓮も「初詣には絶対に行く」と意気込んでいたことを、みどりから聞いたことだ。意地張ってギリギリまで言わず、とうとうぶっ倒れてしまうまで、愛は蓮の事を当日まで聞くことができなかった。それがなおさら、愛のショックを大きくしていた。
通話が終わり、愛はポフ、と力なくベッドに座る。現在時刻は大晦日の午後7時。家族はそろって、年末らしく年越しそばの準備中だ。
「小僧も、もっと早く言えばいろいろ調整もできたろうにな」
「……それだけ、一緒に初詣に行きたかった、ってことですよ……」
夜道の言葉に愛はそう答えつつも、彼女の頭は徐々に沈んでいく。夜道はガシガシと頭を掻いた。
「……別に初詣なんぞ、来年でいいだろ。年末年始なんぞ、生きてりゃいくらでも来る」
「それはそう、ですけど……」
「あーもう、だったらあれだ。見舞いにでも行ってやれ。そうしたら小僧だって喜ぶだろ」
「……喜んで、くれますかね?」
「好きな女が見舞いにきて、喜ばん男なんぞおらんだろ。口では何と言おうともな」
そして愛はお弁当屋の娘。作る料理は、各方面からのお墨付きだ。
「……薬膳料理、っていうのか? 差し入れてやったらいい」
「……夜道さん……」
愛は宙に浮かぶ夜道の方を見やり、ふっと笑う。
「……人の恋愛に口出すの、結構好きだったりします?」
「お前らのもどかしい恋愛に付き合わされるこっちの身にもなれ!」
夜道の毒づきに、愛はベッドから立ち上がると、パタパタと厨房へ駆けていった。その背中を見送り、夜道はため息をつく。
――――――俺が生きていたころも、ああいう連中はいたな。
夜道は幼いころから妻と一緒に暮らしていたので、こと恋愛において困ることはなかった。当時も、平安武者の恋愛事情に、いろいろと上から目線で口を出していたものだ。
あの頃も今も、大して変わらない。前向きに動き出す者もいれば、「うっとうしい」と一蹴する者もいる。
ただまあ、違うところといえば。
(……おなごの方に助言をする経験は、なかったな)
そういうのは、女房の役目だった。
なので、ちょっと上手くいっているのか不安な節はあったりするのだが。
それでも、部屋を出るときの愛の表情を見るに、間違ってはないないと思うのだ。
******
除夜の鐘はすっかり鳴り終わり、新しい年を迎えた、その日の正午。
愛は駆け足で、蓮の家へとやってきていた。
インターホンを鳴らすと、みどりが出る。
「あら、愛ちゃん。いらっしゃい」
「蓮さんのお母さん。……明けまして、おめでとうございます」
愛が一礼すると、みどりも礼を返した。そして、彼女を家の中へと案内する。中では、紅羽家一同がリビングに集合していた。
「あの、どうも……」
「やあ、君が愛ちゃんか? 蓮の父です」
「愛さん、明けましておめでとうございます。ごめんなさい、兄さん、風邪ひいちゃって……」
「初詣の約束してたのにね」
「しょうがないよ。風邪ひいちゃったんだし。……あの、それで。蓮さんは?」
「部屋で寝てる。ぐっすりって感じね」
「そう、ですか……」
天井を見上げる愛を、厚一郎はじっと見る。そして――――――小さくうなずいた。
「ええと、愛ちゃん。蓮の事、任せていいかな?」
「え?」
「実はこれから、俺の実家に新年の挨拶に行く予定なんだが……無理やり連れて行くわけにもいかないから、蓮をどうしようかと考えていたんだ。ジョンがいるとはいえ犬だし、お見舞いがてら様子を見ていてくれると助かるんだが……」
「え、でも父さん、今日は……」
言いかけた翔の肩を、厚一郎はポンポンと叩きながら笑う。
「ばあちゃんも、孫の顔が見たいだろうからな! 毎年行かないと拗ねちゃうんだよ。だから……お願いできないかい?」
厚一郎の提案に、愛も家族一同も目を丸くした。
しばらくリビングには沈黙が走ったが、やがて愛が、小さくうなずく。
「……は、はいっ。蓮さんは、任せてください!」
「それじゃあ、よろしく頼むよ。ええと、冷却シートや薬なんかは……」
「救急箱のある棚の中ですよね。前に教えてもらったので、大丈夫です!」
「それじゃあ、頼むね。暗くなる前には、帰ってくるから。じゃあ、支度しよう」
そうして、紅羽家の面々は、ぱっぱと仕度を済ませてしまう。「よろしくね」とお願いし、そのまま車で走って行ってしまった。
ポツンと残された愛のスカートのすそを、ジョンが咥える。
「……ジョン? どうしたの?」
「ワンッ」
小さく吠えて、階段を昇って行った。どうやら、蓮の様子を見てもらいたいらしい。
階段を上がって蓮の部屋につくと、そこには。
「……う、うう……!」
「……蓮さん?」
寝苦しいのか、眠りながらうめいている
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