14-ⅩⅥ ~ティンダトロス・再び~ 

「どうした、聞きたい情報は得られなかったのか?」

「いや、まあ。得られはしたんですけど……」

「……愛? 顔色悪いぞ?」

「え? いや、うん。平気だよ……?」


 愛の顔から血の気が失せていることに、エイミーは首を傾げている。一体、どんな情報だったというのだろうか。


「……情報は、得られたんだよな?」

「ええ、ばっちり」


 ギザナリアの問いかけに、安里も少し引きつった笑みを浮かべていた。


「……攻略の糸口は、見つけましたよ。……それでも、か細いですけどね」


 ともかく。必要な情報を得た以上、この拘置所に用はない。


「……これで、用は済んだな。なら、妾も行こう」

「おや。それじゃあ帰りの車の運転、誰がするんです?」

「車で寝てる男にでも、やらせればいいだろう」


 ギザナリアはニヤリと笑うと、膝をぐん、と曲げる。


 勢いよく跳び上がると、拘置所の天井を突き破っていなくなってしまった。


(……なんだかんだ言って、彼女も蓮さんと闘いたかったのでしょうねえ)


 身内として心配な気持ちと、一人の武人としての闘争心。それらが彼女の中で、ないまぜになっているのかもしれない。そう、安里は仮定した。


「……とにかく、これでいったん戻るのか?」

「ええ。ギザナリアが足止めできても、夕方くらいまでが限界でしょうからねえ」


 蓮が市街地に入ったら、起こる被害は甚大だ。一体どれだけの建物や家屋が、焼き尽くされてしまうか想像もしたくない。

 あの3人がそう簡単にやられるとは思わない。3人の実力もそうだが、蓮もかなり弱体化している。


 ――――――問題は、サイズだ。


(あの3人では、食い止めはできても、押し返すことは難しい)


 安里の予測では、市街地まで蓮が到達するのに、カーネルたちの介入を想定しても1時間もかかるまい。そうなれば、夜になるころには町は焼け野原だ。


(……時間を稼ぐのに、必要なのは……あの巨体を押し返せるパワーですね)


 そのために必要な戦力と言えば……ボーグマン・ギガントだ。安里探偵事務所に留守番させているロボット、ボーグマンの巨大形態。

 今回巨大化してしまった蓮の相手としては申し分ないのだが、そのためにはもう少しパワーを上げないといけない。 残された時間でその調整をしないといけないのだ。


 なので、早く帰らないといけないのだが。


「……待ってくれ」


 拘置所を出ようとしたとき、檻の中からか細くだが、呼ぶ声がした。最初は無視しようかとも思ったのだが、この声には聞き覚えがある。


「君たちは……蓮くんの、仲間だろう?」

「……あなたは――――――犬飼園長……!」


 檻の中の声の方へと来てみれば、じっと座っている老人の姿。彼の名は、犬飼征史郎。3人を殺した、殺人犯であり、そして、蓮の幼稚園時代の恩師でもあった。


「そうか、起訴は確定していても、まだ裁判が行われているわけでもないから、あなたもここに……」

「外の騒ぎのことは、私も聞いています。そして、あの子がここにいないってことは……。彼に、何かあったんじゃないかね?」


 犬飼園長の慧眼に、安里は舌を巻く。一方の園長は、力強い目つきで安里たちをじっと見やっていた。


「――――――頼みがある。私を、ここから出してもらえないか」

「え、でも、それは……!」

「もちろん、ことが終わったら、ここに戻ってくる。頼む、お願いだ! 蓮くんに何かあったのなら、私も力になりたいんだ!」


 犬飼園長は、かつて幼稚園に通っていた園児が自殺したという過去を持つ。その時助けになれなかったことをずっと後悔していたことが、彼が殺人という罪を犯してしまったきっかけだった。


 彼は、教え子の救い方を、一度間違えた。だから――――――。


「……今度こそ、助けてあげたいんだ!」

「とは言いましても……」


 そう言いかけたところで、安里はふと、思考で動きを止める。


(……いや、待てよ? 先程マリリンから聞いた蓮さんの弱点。そこを突くために、彼の能力は必要かもしれない。……いや、利用価値は大いにあるか)

「……安里さん?」

「えー、コホン。……本当に、大丈夫ですかね? ちゃんと戻ってきます?」

「もちろん。私の犯した罪は、惜しむことなく償うつもりだよ」

「……んー、わかりました」


 安里は檻のロックを、鍵部分に触れることで解除する。錠前と「同化」できる安里にとって、檻のロックなどあってないようなものだ。

 檻を開けると、犬飼征史郎は悠然と檻を出る。


「……感謝する」

「それじゃ、さっそく働いてもらいますよ」


 安里はにこりと笑うと、スマホでボーグマンにコールをかける。


 彼の最初の仕事は、事務所へのショートカットだ。車で帰る手間が省けるのは、ちょうど良かったのだ。


******


 安里からコールを受けたボーグマンは、事務所のあるビルの壁に、白いペンキで大きな三角形を描いていた。

 どうしてそんなことをしているのかは、すぐにわかる。


 白い三角形の内側がぼんやりと歪んだかと思えば、そこから天井のなくなった車が飛び出してくる。

 運転しているのは、行きの時と同じく怪人。だが、ニーナ・ゾル・ギザナリアよりも、瑞分と小柄だ。そもそも女性ではなく、男性の怪人である。白い毛皮に、赤いマフラーを纏った怪人であった。


 その名は怪人ティンダトロス。エイミーと同じく怪人のオリジン「直系」の怪人であり、あらゆる「三角形を通して空間移動する能力」を持っている。なので、三角形さえ用意してしまえば、どこにでも空間移動が可能なわけだ。


「ありがとうございます、園長さん」

「……いや、本番はここからだろう。……ところで」


 愛はティンダトロスに謝意を示す。怪人は元の姿――――――犬飼園長の姿に戻った。


「妻は――――――さゆりは、無事に避難したろうか?」

「……一応、いぬかい幼稚園周りを調べましたけど。奥様の姿はありませんでしたよ」

「……そうか」


 その一言で、犬飼園長は静かに頷いた。安里はその様子を見もせず、ボーグマンを連れてビルの中へと入っていく。


 余裕はできたものの、時間との勝負であることは何一つ変わらないのだから。

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