10-ⅩⅩⅩⅩ ~再結集、DCS!!!~

「……でね、カスミさんといろいろ遊んでるうちに、元気にもなってきてね」

「そ、そう……」


 当然ながら、香苗が最初にやったのはカスミの紹介だった。

 その表情の明るさに、戸惑いはあったものの京華もアザミも、カスミに対して悪い印象を抱くことはなかった。まあ、蓮がフォローを入れたりもしたのだが。


「……何はともあれ、元気になってよかったよ」

「うん……ごめんなさい、二人とも。心配かけて」

「……心配かけてっていうなら、その前でしょ! 一人で全部抱え込んじゃって!」

「……本当に、その件については反省してます」


 香苗にしょんぼりとされて、京華はうっ、と身を引いてしまう。心に傷を負いかねない事件なのだ。下手なことを言ってフラッシュバックしても困る。


 だが、香苗の表情はすぐに明るくなった。


「だけどね、ずっと考えてわかったの。やっぱり私、皆とアイドルやりたいって」

「……かなっち……」

「でも、実際どうするの? 事務所は……悪いけど私、戻れないよ?」


 アザミの事務所への不信は頂点に達している。アイドルをやるにしても、IBITSの事務所に戻るつもりは毛頭なかった。


「また、同じようなことになったら……」

「うん……だからね……」


 香苗の言葉に、二人はごくりと息を呑む。何か、妙案でもあるのだろうか。

 少し沈黙の後に、香苗は口を開いた。


「――――――どうしよっか……?」


 がくん、と、テーブルに掛けていた腕の力が抜けた。音を立てて、アザミの額がテーブルの縁にぶち当たる。


「~~~~~~~~~っ!」


 涙目で見上げるアザミの目には、困ったように笑う香苗がいる。


(……こ、こんな子だったっけ? 香苗って)


 以前の香苗はあまり周りをひっかきまわすようなことはなかった。そういうのは、京華の役目だったはずだ。今まではどちらかと言うと、二人のやり取りを微笑みながら見つめているタイプである。

 それが、こんな風にボケを決めてくるとは。完全な不意打ちに、アザミは虚を突かれてしまった。


 だが、面白かった。


「もー、かなっち!」

「えへへ、ごめんね? でも、二人の意見も聞きたいなって思って」

「……そうだね。私も、事務所の意向とかはともかく、このままじゃ負けっぱなしだし」


 アザミは上体を起こすと、香苗をじっと見据えた。


「――――――やろうよ。アイドル」

「アザミン……」

「アザミちゃん……」


 アザミの顔を見て、京華は困ったように、首を横に振った。


「……ふっ。やれやれ、二人で盛り上がっちまってるぜ」

「京華?」

「――――――京華さんを置いて、勝手に燃えてんなよなぁ!」


 京華もガッツポーズを決める。そして、手を前に突き出した。


「やるぜDCS! 目標はでっかく! 日本一のアイドルよ!」


 あのASHにだって、今度こそ負けない、最強のグループ。


「――――――うん! 目指せ、No1!」

「気合入れて行こうか……!」


 香苗とアザミも、手を前に出して京華の手に重ねる。


「……絶対勝つぞぉ!」

「「「お――――――っ!!!」」」


 三人は息ぴったりで、出していた手を上にあげた。その声に、ファストフード店にいた客が、一斉にこちらを見やる。


(盛り上がってんねー)

(他人のふり他人のふり)


 隣のテーブルで、すっかり置いてかれてしまった蓮とカスミは、息を殺しながらしなびたポテトをつまんでいた。


「……で、どうしよっか、実際」

「そうだよね。アイドルやるにしても、ただやるってのもできないしね」

「蓮ちゃん、何かいい案ない?」

「いや俺に振るのかよ!」


 急に振られた蓮も困ってしまう。実際、どうすればいいのかなんて、これっぽっちも思いつかないというのに。


「……あー、その、あれだ。他の事務所に行くとかじゃねーの?」

「でも大手はなあ……。また同じことになりかねないし……」


 大手事務所の印象は、週刊誌のせいで最悪だ。しかもテレビでも、悪いように紹介したらしい。大手芸能事務所の株は、かつてないほどに下がっていると、安里が言っていた。そして買い占めていた。


 かといって、小さい事務所では、チャンスが減ってしまう。文句を言うわけではないが、元大手所属のアイドルが所属するとなると、そんじょそこらの事務所ではダメなのだ。


「だったらいっそ、ASHと同じ事務所ってのは……」

「「「絶対ダメ!」」」

「……アッハイ……」


 息の揃った否定に、提案したカスミは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまう。まあ、そりゃそうだわな。アイツらに勝つためにアイドルやるってんだから。


 まあ、向こうも承知しないだろうけど。下手に部外者入れて、素性がバレることの方があいつらにとっては問題だろう。


「……地道に、自分達でやるとか?」

「それもいいよね! 地域貢献とかさ」

「地域かぁ……幼稚園とか商店街とかでライブやるのかな」


 そんな話に花を膨らませる女子三人を見やりながら、蓮は頭の中に何か引っかかっていた。


(……何だろ)


 何か、忘れてるような。何か、重大なことを聞いておかねばならないような……。


 ふと、店の外を見やる。真正面にあったのは、巨大な『キング・コング』のオブジェがくっついたパチンコ屋だった。


(……ゴリラ……)


 ゴリラ、ゴリラ、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ……。


「……あぁ―――――――――――――――――――――――――――――っ!」

「うわぁああ!?」


 突如叫んだ蓮に、その場にいた全員が驚いた。

 そんなことを気にもせず、蓮は香苗を見やる。


「オイお前、アレ見たか?」

「アレ?」

「あのゴリラが持ってきたっつー資料だよ!」


 香苗はしばらく目が点になり、そっと視線を逸らす。どうやらこいつも忘れていたらしい。カスミとの遊びに興じすぎていたのだ。


「ええ……でも、プロデューサーでしょ?」

「そうだよ。プロデューサーじゃ……ねえ」


 他二人の表情は複雑だ。彼への信頼というものが完全に消えている。無理もない話だが。


 だが、香苗は違うようだ。


「……うん、ちょっと帰ったら見てみるね」

「え?」

「何か、きっかけくらいにはなるかもだし」

「ほ、本気!? また、裏で何してるか……」

「うん、わかってるよ。私も、完全に信用はできない」


 そういう彼女の声には、張り詰めた空気が漂っている。二人が思わず静かになってしまうような。


「……でもね。私、思うんだ。今までは、あの人たちに思惑にべったりだったなって。だから、今度こそ、ちゃんと話したいって気もするの」


 香苗の強さとは、そういう事らしい。彼女は、芸能界の闇と、正面から向き合う覚悟を決めたのだ。


「そのうえで、私たちがアイドルになれる方法を考えたいんだ。言いなりじゃなくて、ちゃんと考えたうえでさ」

「香苗……」

「だから、お願い。二人にも、一緒に見て決めてほしいの」


 真剣な瞳に、京華もアザミも、納得して頷く。


「……わかった」

「私たちにも、その資料見せてくれる?」


 決意を固めた三人の様子を見て、蓮はがたん、と席を立つ。一緒に座っていたカスミが、首を傾げた。


「帰るの?」

「ああ。俺ぁもういらねーだろ」


 ポテトのケースをゴミ箱に放り込み、蓮は店から出ていった。

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