9-ⅩⅧ ~文化祭前、久しぶりの再会~

「ううう、い、痛い……」


 全身が、慣れない筋肉を使ったせいでバキバキだ。夜刀神刀を使い振るった後とは、違う箇所が筋肉痛である。


「調子に乗って刀を咥えたりするからだろう」


 背負っている夜刀神刀から夜道が、頬杖を突きながらぼやく。


 どんなに全身が痛かろうが、出席率が内申点に響く以上、学校には顔を出さないといけない。

 それは、普通の一般女子高生にとって非常に大事なことであった。


「……も、もうダメ、ちょっと休む……」


 よろよろと近くの電柱に手をつき、ふうふうと息を吐く。こんなに疲れること、今までなかったのだが。


 モデルの人は本当に大変だ。あんな風に写真を撮って、さらには毎夜働いているのだから。


 ……まあ、萌音のそれはかなり極端な例なのだけれど。


 顔をあげ、ぱっと見える景色に、思わずげんなりする。目的地の学校、ひいては最寄り駅までははるか彼方だ。


(……ど、どうしよう……!)


 これ、本気でマズいのでは? 筋肉痛で遅刻とか、前代未聞なんだけど。

 このペースで駅までだと、おそらく15分くらいかかる。これはいつものペースだと、5分くらいの距離なので、3倍時間がかかっているのか。


 このままでは、電車に乗ることすらできない。


(……よ、夜道さん、私に憑りつけば動けるんじゃ……)

「よせ。そんなことしたら、学校着いたら全身がずたずたになるぞ」


 そんな理由で簡単にできるほど、憑依は便利なものではないのだ。


 本当に万事休すか。そう思った、その時――――――。


「……何してんだ、お前」

「ふえ?」


 後ろを振り向くと、愛は涙を流しそうになる。


 ぼりぼりと頭を掻き、欠伸をしながら突っ立っているその姿は。


「……れ、蓮さん……!!」


 愛にとっては、救いのヒーローに見えた。


********


「……ご、ごめんね。体痛くて動けなくて……」

「まー、話は安里から聞いてたからな」

「え、じゃあ……あの写真、見た?」

「さすがに三刀流は調子乗りすぎだろ」

「~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 そんな話をしつつ、愛を背負いながら、蓮は駅までの道を歩く。さすがのフィジカルというか、愛一人を背負っても顔色一つ変えない。

 いや、顔は真っ赤ではあった。愛には見えないだけで。


「ううう、何であんなことしちゃったんだろ」

「知るかよ……」

「安里さん、本気であの写真使うつもりかなあ」

「さあな、どうせ俺関係ねえし」

「え?」


「出禁なんだろ、俺ぁ」


 あ、この言い方。蓮さん、ちょっと拗ねてる。

 愛にはなんとなく、そう言う蓮の言葉の機微がわかるようになっていた。いい加減付き合いもそこそこである。


「まあ、普通科はそこまでなんだけどね……蓮さん、特進科がらみで暴れまわってたから」

「別に行きたいなんて思っちゃいねえけどな、その日だって仕事だしよ」

「……そう言えば、蓮さんって今どんな案件かかえてるの?」


 安里からは「蓮さんも忙しいですからねえ」としか説明されていない。それに、文化祭の準備でほとんどバイトにも出ていないので、愛はここ数日、蓮と顔を合わせるという事が極端に少なかった。


「あ? えーと……アレだよ、アホ科学者案件」

「あー、モガミガワさん?」


 悪名高いDr.モガミガワの事は、当然愛も知っている。ちょくちょく厄介事を蓮たちに押し付けに来る、そんなお得意様の依頼人だ。

 愛にとって彼は別にどうというわけでもないが、ただ、彼が来た時に出すお茶はちょっと気を遣う。色々こだわりの強い人なのだ。


「そいつが、カップルから発生するエネルギーを開発して、それに嫉妬する宇宙生物を捕まえるっつーから、その手伝い」

「な、何それ……?」


 聞いているだけで頭が痛くなりそうだが……。う、宇宙生物?


 そんな馬鹿な、と言いたい愛ではあるが、よく考えれば同級生も宇宙生物だった。


「っていうか、カップルに反応するって……モガミガワさん、そういうの大嫌いじゃなかったっけ?」

「ああ、だから狂わねえように見張る役やってんだよ」


 昨日も、というか今朝も、5時まで見張っていたせいで、蓮はすっかり寝不足である。せっかく弟への夜這い行為がなくなって、ぐっすり寝られるというのに、いい迷惑だ。


「狂わないように……」

「お前はどうなんだよ。できそうなのか?」

「……うん、まあ……」


 正直今回の筋肉痛は想定外ではあるのだが、進捗自体はほぼほぼ滞りないはずだ。


「順調、かなあ」

「ふーん……」


 そんな相槌を打ったところで、蓮と愛は最寄りの駅に到着した。

 普通なら、ここで愛を下ろして、別々に座るのがベターなのだろうが。


「……歩けるか?」

「ごめん、ちょっと、無理……」


 おんぶした状態で電車に乗るというのも、なかなかに目立つ。というか、朝の満員電車ではかなりの迷惑だろう。赤ん坊背負うのとはわけが違う。


 車椅子とか借りれんのかな……。そんなことを考えた蓮だったが、駅前でふと止まった車に、彼は見覚えがあった。


「あ!」


「……あなたたち、こんなところで何してるわけ?」

「十華ちゃん!」


 車の窓から、平等院十華が顔を出す。そりゃ、おんぶされているのが立花愛だとわかれば、幼馴染として顔を出すのも当然というものだろう。


「お、10円! 助かった、コイツ頼むわ」

「え、え?」


 蓮はすぐさま車の前に跳ぶと、車をこじ開けようとする。「ち、ちょっと待ちなさい!」と十華は車のロックを外した。蓮の力で無理やり開けられたりしたら、間違いなく壊れる。


 ドアが開いた瞬間、蓮は車の中に背負った愛を落とす。


「きゃああ!?」

「……ご、ごめんね十華ちゃん。昨日ちょっと色々あって、筋肉痛で動けなくて……」

「色々って……文化祭の準備でしょ、何してたわけ?」


 それについて、愛は「あははは……」と笑ってごまかすしかなかった。


 特進科が知ったら実行委員が乗り込んできそうだからと、安里に口止めされていたのだ。

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