3-ⅩⅢ ~紅羽蓮VSニーナ・ゾル・ギザナリア~
ニーナ・ゾル・ギザナリアの怪人態は、言語能力すら戦闘能力に回している。なので、必要最低限の理性くらいしか残っていない。
その分、パワー、スピードは地域内の悪の組織の中でも5本の指に入る。
音速を超えたスピードで突進し、リングのロープを突き破った。そして、そのまま誰もいない観客席へと突っ込む。
「うわああああああああああああああああああああああ!?」
一番近くでも5メートルほど離れていたのだが、それでも衝撃で吹っ飛ばされた。愛たちのいた方とは反対方向だが、観客席は抉れてコンクリートの塊と化す。
「……う、うわああああああああああああああああ!」
まばらな観客すら、慌てて逃げだした。
だが、肝心の紅羽蓮にはかすりもしていない。横に飛んで躱していた。
ギラリと蓮に向き直ると、再び姿が消える。
唯一目で追えた多々良葉金が気付いたころには、ギザナリアの鉤爪と蓮の拳がぶつかり合っていた。
丸太のように太い腕から繰り出される鉤爪と、それを弾く一見普通にしか見えない拳。それがぶつかり合い、闘技場中に衝撃が巻き起こる。
愛たちもあおりは食らっていたが、被害は葉金が庇うことで何とか防いでいた。
(……やはり蓮殿は怪物! だが……)
葉金は、驚嘆を隠せずにはいられなかった。
あのギザナリアと言う女は、間違いなく自分よりも強い。以前蓮が自分にしてきたように、フィジカルですべてを圧倒するタイプだ。パワーもスピードも、直線的で一切の逃げ場がない。
命を奪う戦いであれば、捕まれば自分は殺されるだろう。初撃は抑えられても、一撃ごとにこちらの消耗が激しく、長くは保たない。
そして見る限り、ギザナリアのスタミナは葉金よりもはるかに上だ。
(世界は、広い……!)
蟲忍衆筆頭であった時は感じることのできなかった、自分の至らなさ。それを、蓮たちと出会ったことでこうも痛感するとは。
今までだって鍛錬を怠っているわけではないが、葉金は拳を握りしめた。それこそ、血がにじむほどに。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ギザナリアの猛攻は止まるところを知らない。打ち払われるのも構わずに、ひたすらにパワーをぶつけてくる。
いなせないわけではないが、下手に受けながせば葉金、ひいては愛たちにまで被害が及びかねない。
(……な、何でコイツ、こんな怒ってんだ!?)
蓮は内心焦っていた。まさかこんなことになるとは、思ってもいなかったのだ。想定だったら、一発入れて倒して気絶させて、それから話を聞こうと思っていたのである。
そうしようと思ったら、相手は開幕ブチ切れで全力全開だ。おまけに、パワーもスピードも今まで戦った、どの怪人よりも強かった。
鉤爪を打ち払ってカウンターを決めようとした瞬間、足の踏ん張りがきかなくなった。彼女が尻尾でリングを破壊したのだ。
一瞬ぐらついた蓮の足元を、尻尾が払う。
「うわっ」
すぐに体勢を立て直そうとしたところで、ぶちかましが飛んできた。そこまでのダメージにはならないものの、物理法則にはある程度逆らえずに吹っ飛ばされる。
蓮は観客席まで吹っ飛ばされると、隣に店長がいた。
彼は、言葉にならない声で、蓮に何かを言おうとしている。何を言わんとしているかは、流石にわかった。
「……ごめんて」
蓮が謝ると同時に、ギザナリアの追撃のぶちかましが飛んできた。
だが、先ほどのように吹っ飛ばされはせず、蓮は彼女の身体を掴んで踏ん張っている。
「ゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「……何キレてるか知らねえけど、一旦落ち着けっての!」
蓮は彼女の腹に蹴りを入れる。普通なら吹っ飛んで意識が飛ぶくらいの破壊力だが、ギザナリアは後ろに飛んで衝撃を逃した。
リングに降り立った彼女を追うように、蓮もリングだった場所に降り立つ。
「……クソガキガ……クソガキガァ……!」
「あのなあ、何だよ人の事さっきからガキ、ガキって。近所のおばちゃんかおめーは」
実際、似たようなもんである。
「……コンノ、クソガキガアアアアアアアアァァァアアァ!」
ギザナリアが、地面に手を突っ込む。そして引き抜くと、そこには巨大な戦斧が現れた。彼女が自在に出せる必殺の武器、「デストロウム」だ。
ギザナリアの身長以上の大きさの刃が、ギラリと光る。蓮は思わず顔をしかめた。
あんなもん振り回されたら、自分以外はたまったものじゃない。
大きく振りかぶって、斧が横なぎに振るわれようとした。
蓮は音速以上の速度で跳び、振りかぶる腕を奥へ蹴り飛ばす。
振りかぶった勢いそのままに、斧は逆に一回転をした。それでも掠ろうものなら、真っ二つになりそうな切れ味の刃が、周囲に傷をつける。
「……んなもん使ってんじゃねえ!」
蓮は下から斧を蹴り上げた。ギザナリアの手を離れ、超巨大な戦斧が宙を舞う。やがて、斧は天井に突き刺さり、抜けなくなった。
「ヤダ! 店が!」
この闘技場は、バーの真下にある。つまりは、バーの床下から突然巨大な刃が突き出してきたのだろう。バーにいる人にとっては恐るべき事態だ。店長は青ざめた。
ギザナリアは再び突進し、鉤爪と尻尾を振るう。蓮は再びそれをいなす。
ホントはもっとスマートに終わるはずだったチャンピオンマッチは、そのまま10分経過した。10分間、互いにほぼ無呼吸である。
流れが変わったのは、蓮が放った
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
顎が下りたところに、蓮の右ストレートが入った。
決定的だった。一撃がきれいに彼女の意識を、戦闘本能ごと刈り取ったのだ。
立ち上がろうとするも、足の力が入らない。おまけに、視界まで揺れる。
殴られた拍子か、戦闘能力に回していた理性が、ギザナリアの脳裏に戻ってきた。
(……つ、強すぎじゃない?)
本当に、ションベン小僧のくせに。
***************
「麻子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 助けてぇぇぇぇぇ!」
蓮が泣きついてきたのは、10年以上も前のことだ。みどりは生まれたばかりの亞里亞をあやしていたころだったろうか。
このころには麻子も仕事をやめ、「ゾル・アマゾネス」の一怪人として活動していたころである。
「おいおい、どうしたんだ蓮ちゃん」
「お、お、お……」
今の蓮からは信じられないが、当時の蓮は泣き虫で甘えん坊、そして麻子にべったりであった。
「お?」
「……お、おねしょしちゃって……」
顔を赤らめて、蓮は俯く。どうやら両親には知られたくないらしかった。
「……先輩に素直に言ったら?」
「おれ、お兄ちゃんだぞ? かっこ悪いよ……」
「あたしに泣きつくのも、かっこよくはないけどねえ」
とはいえ、こんな子供に頼られるのも、悪くない気分である。
「……しょうがないなあ。麻子姉ちゃんが何とかしてやろう」
「ホント!?」
「まっかせなさい。おねしょした布団はこっそり洗ってやるよ」
「ありがとう、麻子!」
そう言って、蓮は麻子の身体にぎゅーっと抱き着く。さほど力はないが、それでも全力なのは伝わってきた。
「ははは、よしよし。その代わり、おやつもらうからね?」
この時は結局、おねしょしたシーツをこっそり運ぼうとして、みどりにあっさりバレてしまった。
「あらあらあらあらあらあらあら、お兄ちゃんったらぁ」
ニヤニヤ笑いするみどりにめちゃめちゃに頭を撫でまわされて、蓮は泣きべそをかく羽目になった。
(……ああ、あの時は可愛かったのになあ)
消えゆく意識の中で、ギザナリアは自分を見下ろす蓮の顔を見た。
ふっと笑い、チャレンジャーはリングに倒れ伏した。
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