2EX-エピローグ ~帰還、安里探偵事務所~

「おい、陰陽師」


 愛の身体も拭き終わり、部屋に戻ってきた夜道が最初にしたことは、愛に憑りつくことだった。といっても、再び野山を駆け回るためではない。


「……なによ」


 エクソシストであるアイニと話す為だ。


「愛の事だが」

(え、私?)

「こいつの面倒は、俺が見よう」


「……え、何言ってるの?」

「こいつは相当な霊力を持ってる。このままだと、まともな暮らしはできんだろう」


 幽霊が見えてしまうのだって、コントロールしようと思えばできるのだ。それができないからアイニの御守は必要で、あくまで見えてしまう霊を近づけないための物だったが、それも壊れてしまっている。


「なら、そもそも見えないようにすればいい」

「……できるの?」

「俺なら教えられる。コイツの霊視能力を調節するくらい、造作もない」


 夜道の言葉に、アイニは腕を組んで考え込んでしまった。


(……信用してもいいのかしら。クロムさんも扱いを保留にしたし、でも……)


 悪霊や悪魔から人を守るエクソシストとして、霊に頼むというのも……。


「あの、アイニさん」

「ん?」


 気付けば、愛の姿に戻っていた。


「その、私。この人に教わりたいって、思ってます」

「でも、いいの? 私が言うのもアレだけど、その霊は私の手には負えないくらいとんでもないのよ?」

「……大丈夫です。私、こういうの、慣れてますから」


 何しろ彼女の周りにいるのは非日常の塊みたいな連中だ。噂されてくしゃみをしている、赤いとげとげ頭の男が脳裏に浮かぶ。


「……そう。本人がそう言うなら、どうにもできないわね」


 アイニは溜め息をついた。


「その代わり、定期的に連絡ちょうだいね?」


 そして、仕方なさそうに笑う。


 そのまま、アイニは立花家から去っていった。


(……何かあった時、私があの子を守れるようにならなきゃね)


 新しい決意を胸にして。


***************


 そうして、そもそも愛が百合の花村に来た理由である、源之丞の腰がようやく治ったのは、蓮達で言うところの蟲忍衆との騒動がひと段落したところであった。


 探偵事務所の扉の前に立つのも、随分久しぶりである。


 意を決して、愛は事務所の扉を開けた。


「おはようございます!」


「ああ、愛さん。久しぶりですねえ」


 随分と懐かしく感じる安里と朱部の顔があった。


「お休みいただいてすみませんでした」

「いえいえ。おじいさまは?」

「それが、家で面倒見ることになりました。田舎の家は売りに出すことになったんです」

「そうですか……あの、ところで」


 安里が目を細めながら、愛の背中にあるものを見やる。


「それ、なんです?」


 それは、竹刀ケースである。愛の家にあったものを引っ張ってきたのだ。


「ああ、これ。実は、その……」

「っはよーす」


 言いかけた時に、事務所に入ってきたのは。


 紅羽蓮であった。


「あ! 蓮さん」

「あ、おう。久しぶり……なんだそれ?」


 そして当然彼も、彼女の背中にあるものに目を細める。


「これね、実は剣道、また始めたんだよね」

「ああ、そういえば昔剣道やってたんでしたっけ」

「おじいちゃんが剣道の師範だから、うちに来て教えてくれるって」

「へえー」


 さほど興味もなさそうに、蓮は自分の席に着く。


「しかし、それだけです? 剣道を始めたのって」

「え? えーと……」


 愛は少し溜めると、そのまま俯いた。


 朱部がすかさず、安里のわき腹に肘鉄を入れる。


「ぐぼっ!?」

「デリカシー」


 朱部は愛とアイコンタクトをすると、そのまま席に戻りパソコンに向かい始めた。


 どうやら、察してくれたらしい。


「なんのことだ?」


 愛の後ろで、夜道が問いかけた。


(表立って、夜道さんを持ち歩いちゃいけないんです!)


 彼女が背負っているのは夜刀神刀であった。竹刀袋に入れているのは、見られたら銃刀法違反になってしまうからである。


 それに。愛は欠伸している蓮を見やった。


 ―――――せめて、この人の前くらいは「普通」でいないとね。


 ふう、と息をついて、愛は蓮の隣、自分のデスクに座った。ここで軽く準備をしてから、家政婦の仕事だ。


「……なんだこの小僧、お前のことやけにチラチラ見てくるな」

「え?」


 夜道に言われて蓮の方を見ると、確かにちょっとこっちを見てくる。そして、すぐにそらしてしまった。


「……蓮さん、さっきからどうかしたの?」

「え、いや……別に」


 蓮はそのまま、そっぽを向いてしまった。


 不審に思った愛は、蓮の後ろ姿をじっと観察する。


 よく見たら、耳が真っ赤だ。自分の身だしなみを検めてみるが、特に異常はない。


 何かあったろうか、と思い返してみる。


 そして、お風呂でビデオ通話になった時のことを思い出した。


 愛の顔も、一気に耳まで真っ赤になる。


「れ、れ、れ、蓮さん……あの」


「……まあ、その、あれだ。…………なんも見てねえよ」


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」


 愛の顔が、一瞬で真っ赤になる。


 声にならない叫びが、黒いビルに響き渡った。

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