1-Ⅱ ~紅羽蓮、女子高生をお姫様抱っこする。~

「あ、あのっ!赤い髪の人!」


 改札を抜けたところで、自分に向けてかけられた声に蓮は振り返った。

 先ほどの女子が、息を切らして立っていた。


「あ、ありがとう。助けてくれて……」


 えんじ色のブレザーにグレーのスカート。そして、ショートカットの黒髪の少女は、そう言って蓮の顔をじっと見ていた。


「……あんた、桜花院おうかいん女子?」


 彼女の制服は桜花院女子高等学校のもの。蓮たちの住む町では、いわゆるお嬢様校として知られている私立高だ。


「え?……そうだけど……?」


 蓮の問いかけに、彼女は頷いた。


「……駅、違うだろ? こっからあと2つくらい先じゃなかったか?」

「……あっ!」


 そこまで頭が回っていなかったらしい。彼女は、顔が真っ青になった。


「ど、どどど、どうしよう!?」

「……タクシー呼べば?」


 お嬢様学校に通う彼女に対し、蓮は至極まっとうな意見を言ったつもりだった。


 だが、彼女は困ったように蓮の方を見た。


「そ……そんなの、お金もったいないじゃないですか!?」

「えぇ……」


 それから彼女は駅前を見回すも、周囲にバス停のようなものもない。彼女は持っていたカバンを落として、そのまま立ち尽くしてしまった。


「……ど、どうしよう……」


(どうしよう……)


 焦りの余り思考停止している彼女を、見ている蓮もまた、同じ気持ちだった。というか、そもそもなんで自分がこうなっているのか、蓮にはよくわかっていない。


「……あのさ、アンタ……」


 蓮が彼女に近づくと、向こうから話しかけてきた。


「あ……あの、助けてくれたついでで、大変申し訳ないんですけど……」

「ん?」


「……お金、貸してくれませんか? タクシー代……」


 蓮は、開いた口がふさがらなかった。一方で少女の方も、かなり申し訳なさそうにうつむいている。


「……マジかよ」

「……ち、遅刻したらまずいんです! 内申に響いて、学費免除が取り消されちゃう……」

「学費免除?」


「条件に合えば、学費を半分くらい免除してもらえるんです。でも、条件がすっごい厳しくて……」

「事情を言えば許してくれるんじゃねえの……?」

「でも……!」


 彼女の言葉に、蓮は「しまった」と舌打ちした。いくら遅刻と言っても、痴漢に遭っていたことなど説明はし辛いだろう。


 時間は8時20分。今から桜花院に着くには、歩きなら9時は余裕で回るだろう。


「……あのさ、アンタ」

「え、何?」


 蓮はバツが悪そうに、頭を掻いた。


「嫌じゃなけりゃだけど……連れてってやろうか?」

「……え?」

「今からじゃ、タクシーでも間に合わねえだろうし……」

「いや、何を言ってるの?」


 彼女は、蓮のいう事を理解できていない。


「時間ねえんだろ。どうする?」

「……いや、えっと……」


 蓮の言葉に、彼女はわずかな時間を躊躇いに使う。


 タクシーでも間に合わないのに、「連れてってやる」とは、どういうことなのか?それって、まさか……。


「本当に、間に合うの……?あと30分くらいなんだけど……」


 彼女は恐る恐る、蓮に尋ねる。

 蓮は鼻を鳴らして頷いた。


「楽勝だ」


*******


 そして、協議の結果、蓮は彼女をお姫様抱っこすることになった。

 彼女は顔を真っ赤にして、蓮にしがみつく。

 一方の蓮は、涼しい顔をして、彼女を抱えていた。


「悪いな、こんなくっ付いてもらっちゃって」

「い、いえ……こっちこそ……」


 というか、こんなんでホントに、大丈夫なんだろうか……? っていうか、車とかじゃなくて……?

 色々心配事が絶えない少女だったが、「これが一番早い」と言う蓮の自信に、半ば押し切られた形でのお姫様抱っこである。


「じゃあ、行くか。危なくはないけど、舌噛むなよ」

「え、それって――――」


 彼女が言い終わる前に、身体全体がふわりと浮いた。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 彼女が気付いた時には、蓮とともに空高く舞い上がっていた。蓮はそのまま、駅の屋根に飛び乗る。


 そして、線路の方向へ向け、勢いよく駆けだした。


 駆けだした先にあるのは、屋根の果てと、眼下に広がる街並みである。


「え、待って待って待って待って待って待ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 駆けだした勢いのまま、蓮は屋根から飛び出した。


「きゃああああああああああああああああああああああああああ!?」


 そして、別のビルに着地する。さらに跳んでは進みを、彼は息一つ切らさずに続けていった。そして、そのたびに少女は悲鳴を上げる。


「だから、舌噛むっつってんじゃん……」


 街の空を跳びながら、蓮が呟く。


 そうして5分もしないうちに、もう桜花院の最寄り駅近くまで到着してしまった。


「えっと、桜花院ってどっちだ?」

「……いや、もういいです!! もういいから!!」


 見回す蓮に、少女は叫んだ。


「ここまでこの時間で来れれば、もう十分間に合うから!」

「……そうか?」


 蓮はそう言うと、彼女をビルの屋上に下ろした。そして、蓮は踵を返して帰ろうとする。


「あ、あのっ!」


 帰り際、彼女の呼ぶ声に、蓮はちらりと振り返る。


「……あ、ありがとう」

「…………ん」


 蓮はそうとだけ言うと、再びビルを跳んで一瞬でいなくなってしまった。


「……な、何? あの人……」


 あまりにも非現実が過ぎる。少女は少し立ち尽くして、その場から動けなかった。

 だが、8時30分の時報が耳に入ったことで、ふと我に返る。


「……あっ、いけない、学校!」


 余裕があるとはいえ、急がないと遅刻してしまう。そうなれば、内申がアウトだ。そんな現実に、彼女の思考は塗りつぶされてしまう。

 少女は急いで、桜花院女子高に向かって走り出した。


******************


 蓮はビルを跳び、元の駅まで戻ってきた。そして戻ってきたところで、思い切り膝を曲げてしゃがみこむ。


「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 蓮は耳まで真っ赤になっていた。


(……めっちゃいい匂いした――――――っ……!!)


 女の子を抱きかかえるなど、思春期真っただ中の男子高校生にはかなりきつい。そして、自分の軽薄さに自己嫌悪に陥る。


(やっぱりねえよなあ……痴漢受けたばっかの女の子にお姫様抱っこってのはよぉ)


 蓮はしばらく、周りの視線も介さずにしゃがみこんでいた。


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


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蓮「……くそう、辱められた……作者に……!」


――――――むしろ役得でしょ、貴方にとっては。

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