第2話 ジャン


 我が家の応接室に入ると、長椅子ソファーに座るお祖父様と机を挟んで向かい側に座る若い青年、その隣に若い女性が並んで座っておりました。


「ディアナ、お帰り」


 立って挨拶をしてきたのは若い男性。茶色の髪と森のような緑の目。見た目は身長が伸びて雰囲気が大分変わっていましたが、間違いなくジャンでした。


「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」


 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。


「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」


 ミシリ、と音が鳴りました。私の扇子…ではなく、隣に立つお祖母様の扇子から。いえ、よく見ますとお祖父様の手が置かれた肘掛けも変形してるような…。いえ、今はそれよりも先に座りましょう。応接室で立ったまま話すなんて、普通あり得ませんし。当主側である私が座る前に話し出したジャンなんて論外ですし。敢えてゆっくり歩き、お祖父様の隣にそっと座る。お祖母様は私の隣ですので、祖父母に挟まれる布陣ですわね。とても心強いです。


「ジャン、久しぶりですわね。近況はお祖母様からの手紙で伝わっておりましたが、子供が出来たという事はそちらの方と結婚されたのね。知らなかったわ、おめでとう」


 え、と驚いた顔をするジャンと女性だが、次の言葉を待つ前に先手を打つ。


「それと先程の我が家で暮らしたいという話は、使用人として妻共とも雇って欲しい、という事でよろしいかしら。残念だけど、使用人は足りていますからお断り致しますわね」


「何を言っているんだ?」


「何をって、至って普通の話ですわ」


 困惑している様子のジャンでしたが、私からしたら当たり前で普通の事を話しているだけです。もちろん、ジャンが結婚していない事も、使用人として雇って欲しいなんて殊勝な事を考えた訳でもない事は承知の上ですが。


「僕に愛人がいるからもう嫉妬しているのか? 愛人を作るのは貴族としての身嗜みって奴だから、諦めろよな」


 まるで呆れたかのように大げさに肩を竦めると、ジャンはドサッと音を立てて座ります。不作法ですわね。ほら、お祖父様とお祖母様の目がどんどん冷たくなっていってるのが分からないのかしら。


「あら、ジャンは爵位を譲られる事になりましたの? ボクス男爵家は男爵位一つしかお持ちでないはずですから、男爵家の当主になるのかしら?」


 当主は健在で、嫡男もおられます。六男坊であるジャンに爵位を譲られる理由がありません。個人資産もとっくにジャンは使い果たしていますし、お金で他の爵位を買う事も出来ないでしょう。功績があれば新たに貴族家を興せるかもしれませんが、ジャンに限ってはあり得ません。今の今まで離れに女性を連れ込んで遊び暮らしていたと聞いておりますもの。


「男爵? 冗談だろ、僕は辺境伯になるんだから男爵なんていらないし、兄が継ぐに決まってるさ」


 …本当に、ジャンは遊んで暮らしていたのね。今まで何を学んできたのかしら。学園の試験に落ちてすごく落ち込んでいたから、学園でなくても学べるようにと我が家の離れを提供し、教師も付けていたと言うのに。まぁ、手紙にあった通り、さぼっていたのでしょうね。

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