貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン

第1話 帰郷

 ガタン、と音を立てて馬車が止まります。ようやく到着したのかと、私の口からは安堵と疲れからの溜息が零れました。続くようにガタガタと音が鳴り出したので、従者達が馬車の扉を開く準備をしているのでしょう。


 私は、ディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘です。一人娘ですので、いずれ婿を取る事が決められております。領地は王都から遠く離れた場所――そのせいか口の悪い貴族からは田舎者と陰で呼ばれる事もありますが――にありまして広大な領地を保有しております。領地内には宝石が取れる鉱山や豊かな資源が取れる大森林がございますので、資産価値としても大変魅力的だと思いますわ。まぁ、国境を守る立場ですので隣国との小競り合いも少々ございます故に、危険と隣り合わせである事がマイナス面でしょうか。実際は独自の軍事力を持っていますので、住んでしまえばそれほど危険とは感じないと思うのですが。


 馬車に乗りながら思い出していたのは王都にある貴族の子息達が通う学園での事。四年制ですが、飛び級制度を利用すれば最短二年で卒業可能です。私は、飛び級制度を利用して一年飛ばし、三年で卒業することが出来ました。卒業パーティでは婚約破棄がどうのこうのと一部の貴族間で茶番があったようですが、私は他人事と眺めているだけでした。まぁ、大して面白くもなかったけれど、代わりに良い人材を見つける事が出来ましたので、上々なパーティだったのではないでしょうか。学園に通う最大の理由である、友人というコネクションも出来ましたしね。


 卒業後、友人達と別れを惜しみながら馬車に乗り、およそ三か月かけて、やっと本日我が故郷である領地に戻って参りました。勉学と交友に励むようにという、お祖父様の暖かいお言葉により三年間ずっと王都を中心に暮らしていましたので、本当に久しぶりの帰郷なのです。


 私の帰宅に合わせて整えられた屋敷は変わりなく、見慣れた執事や従者達に迎え入れられ、お祖父様とお祖母様にも歓迎されました。

 …両親は、おりません。私が十二歳の時に、事故に合い共に亡くなりました。当時の幼い私では当主になれず、当主代理人としてふさわしい近しい親族もおらず、隠居しておられた先代当主であるお祖父様が復帰なさる事で、これまで領地を守って来ました。学園に通う事にした私を笑顔で送り出してくれたお祖父様とお祖母様には感謝しかありません。もちろん、これからは私も本格的に領地経営等に関わって行くことになりますから、一日でも早く辺境領について深く学ばなければなりませんわ。


 とは言え、本日は屋敷の自室にて旅の疲れを癒して、明日は両親の墓参りに行く予定です。お父様とお母様の二人にはご報告したい事がたくさんありますもの。きっと喜んで私のお話しを聞いて下さる事でしょう。


「ディアナ」


 風呂に入りメイド達に洗われマッサージも済ませて、自室でゆったりした衣服に着替えているとお祖母様がやって来ました。今はまだ昼前ですので少し休んだ後、一緒に昼食を取りながら今までの事やこれからの事を色々お話しする予定でしたが、何かあったのでしょうか。


「今ね、あのジャン坊やがこっちに来ているのだけど、ディアナはどうしたいかしら?」


 ジャン。

 久々にその名前を聞きました。


「あれからずっと敷地内の離れに住んでいると聞いてましたが、私に挨拶に来たのですか?」


 ジャンは私と同じ年齢ですから今は十七歳。学園に通える年齢である十四歳になった頃、共に学園に通う予定でしたが、ジャンが肝心の試験に落ちてしまい、一人領地に戻る事になった人です。我が辺境伯の分家筋に当たるボクス男爵家の六男坊で、十歳の時に私の婚約者の候補としてどうかと生前の両親が見つけた子息なのですが…。


「それがね……」


 お祖母様から事情を聞いて、呆れました。何と、女性を伴ってこの屋敷に踏み入れたばかりか、その女性は妊娠しているそうです。


「例の手配はもう済んでいますから会う日はいつでも問題ないのよ。でも帰ってきたばかりのディアナに負担をかけるのはどうかと思ってね」


「お祖母様、ご心配下さったのですね、ありがとうございます。私、会います」


 そうと決まれば、気合を入れて着替え直さなければなりませんね。ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。

 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。

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