どうして俺が鬱ゲー世界にTS転生して幼馴染ポジションになってるんですか?
雪谷探花
第一章
1-1
「おはよう。うんうん、初々しいねえ」
「からかうなよ。……おはよう」
俺はどこにでもいる平凡な女子高生、
『トワイライト・ライン』の世界ですくすく育った。
今俺にからかわれたのが原作主人公、
どうクリアしても世界をバッドエンドに突入させるイカれた奴だ。
こうしてるとそんな事しそうにないのにな。
「あ。ほら、ネクタイ曲がってるよ?」
「お、おい!」
遠慮なく近づいてやる。
ネクタイは別に曲がっていなかったがこれは確認のため。
こんな風に慌てるならまだ大丈夫、なはずだ。
転生したのがこの世界だったと気付いた時、俺は随分と泣き叫んだ。
赤ん坊だったからあやされただけで済んだが。
きっかけはニュースだった。
『トワイライト・ライン』『ラキュター』『プリテーション』といった特徴的な言葉と、『フェイス』と呼ばれる脅威が存在するという事実が俺に確信させた。
絶望のあまりぐったりして、心配した母に病院に連れていかれたりしたものだ。
何やら湧いてきたチートで精神を安定させなければそのままどうにかなっていたかもしれない。
癒し効果もあるチートで気楽に生きられるようになった俺は、一種の諦めの境地に達していた。
俺にはどうやら戦闘能力が皆無なようだったし、戦える事、さらに活躍できる事にリスクが発生する世界でもある。
だったら精々慎ましく人生エンジョイして、やばくなったらさっさと人生からおさらばする準備だけして生きよう。
そんな達観した幼女をしてた俺の前に現れたのがこいつ、孝也だ。
同姓同名の可能性はもちろんあった。しかし黒髪と印象に残る金色の瞳が同じだった。髪や瞳が色々カラフルな世界だが、いや、だからこそ黒髪金目で名前まで同じというのは出来すぎてると思った。
さらに出身地まで設定と同じ東京。
俺はこいつが主人公だと思うことにした。
前世で攻略情報を漁っていた時、一つのネタを見た事があった。
明かされている主人公の設定は少ない。プロフィールと『高校の入学式で能力に覚醒し、暴走した』というもの。
これ自体は主人公が戦いに身を投じる事になる理由付けに過ぎない。
しかし、どう考えても性格の悪い製作者がわざわざ設定した『暴走』。
これはバッドエンド確定フラグがたったというのをいやらしく見せつけてるのではないか、というのが趣旨だ。
真実ならば開始時点ですでに手遅れだと突きつけるだけの悪趣味なネタ。
前世の俺は、まあそんな事もあるかもなと流した。
今の俺はそれに希望を見出した。
エンディング後の世界は悲惨だ。
家族やみんなが酷い目に遭うなんて嫌に決まってる。平和なんて大好きだ。
それに絶望の未来を知りながら生きるのも辛い。
いくらチートを常時発動して精神を落ち着け続けていても、ネガティブな感情が浮かばないわけではなかった。
せっかくのチャンス。思い切ってチャレンジしてやろう。
とはいえ、入学式の前に何か予兆があるかもしれない。
だから俺は、とりあえず孝也を監視する事にした。
何かあったらすぐにわかるように。
反応を見るためにまとわりついたり、色んな所に連れ回したりもした。正直鬱陶しかったと思う。
しかしストレス的なものは俺のチートで緩和させられるし、リラックスさせて心も解きほぐせる。俺の全力のお願いは百発百中だ。悪いがこちらも未来がかかっていたんでな、遠慮なく行かせてもらった。
その結果は、今日まで大した変化なし。
強いて言えば、胸に視線が向かう事が多くなった程度だろうか。
まあこいつも思春期だし、俺も大きく育った。仕方ないという事で許してやってる。
原作の孝也はなんというか、人間味が薄い部分がある。
その上内心は一切明かされない。だから何を考えているかわからない。
作中でも指摘されるぐらい空気が読めない事がある。
喜怒哀楽やリアクションも自然に湧き出たものというより、その場に応じて作って見せているようだった。
言動を選択肢で決定するというゲームの性質から生まれた感想なのかもしれない。
けど、それでも俺が知ってきた孝也と原作の孝也は別人にしか思えない。
だから今日の入学式がきっと勝負になるはずだ。
そして賭けに勝った暁には、あいつは原作と違う展開を歩む事になるだろう。
それがどういう未来に繋がるかは知る由もないが、少なくとも俺はやるだけやったという達成感と、未来は未確定という当たり前を手にして生きる事ができる。
孝也はまあ、色々大変だと思うが、美人や良い奴がいっぱいいる所だ、エンジョイしてくれ。
俺はハッピーエンドを祈りながら日常を過ごさせてもらう。
元々原作にいない存在。問題もないだろ。
俺の身体能力もチートも過酷な戦いにとてもついていけない。置いて行ってくれ。
今日、具体的に何が起きるかは一切わからない。
予兆もなかったし。
だからどうしても行き当たりばったりの形になる。
けど俺のチートで何とかできるはずだ。
まあ即死しなきゃどうにかなるだろ。大丈夫大丈夫!
*
つかさが僕をじっとのぞき込んでいる。
彼女は昔からたまにこうする。
普段だったら慣れたものだから、胸が高鳴る程度で済む。
でも、この距離はまずい。
吐息を感じそうな近さ。
もし、もし抱き寄せたなら、そのままキ、唇が触れてしまうかもしれない。
なめらかな唇。透き通るような肌。キラキラと輝く目。柔らかな雰囲気を作り出す顔立ち。
鼻孔をくすぐる匂い。シャンプーだろうか。ボディーソープかもしれない。
やばい。生唾を飲み込んでしまった。
はっきり言ってつかさは美少女だ。
一目惚れしてから小学生、中学生とずっと一緒だけど、ずっと美少女だった。
これから先もずっと美がつく表現をされるだろう。
いつも幸せそうで、楽しそうで、怒ったところなんて見たことがない。叱られた事はある。困ったような顔をして。それを見ると僕はもう二度としないという気持ちと、もっと困らせたいという気持ちがせめぎ合ってちょっと大変な事になる。
「あ、ごめんごめん。はいオッケー。じゃあ行こっか」
胸元を軽く叩かれた。
つかさが離れ、歩き出す。
「ああ……。悪いな」
もう手遅れだろうがカッコつけて礼を言う。
つかさはニコリとするだけだった。
彼女は色々と世話を焼いてくる。ベタベタしてくるわけじゃないが。してくれても全然いいのだが。
色んな理由で一緒にいて、一緒に過ごした。
勉強をしたり、買い物に行ったり、遊びにも行く。僕の判定では反論を即却下するレベルで完全にデートだ。
つかさにとって僕が何なのかはわからない。いや、わからないは嘘だ。物凄い期待してる感情がある。
もしかしたら、つかさも僕を好きなんじゃないか。
何とも思ってない奴とここまでずっといるなんてしないだろう。少なくとも僕に理由は思い当たらない。
告白しようと何度思ったかわからない。
つかさは当然のようにモテる。何度も告白されてきている。
その度に、言いようのない焦りと後悔が生まれる。
だけどつかさは、全部断った。
漏れ聞いた返答は、ごめんなさい、お受けできません、今はそんな気持ちになれません。で統一されていた。
好きな人がいるかという質問には一切答えないらしい。
仲の良い女友達なら知っているのかもしれない。でも僕の耳に入る事はなかった。
告白を先延ばしにしている理由はシンプルだ。
今のつかさは恋愛をするつもりがないんじゃないかという予想を振り切れない。例え保留でも一度断られたら僕は木っ端微塵になる。今の関係も壊してしまうだろう。
そして、惰眠を貪る勇気は都合の良い未来を夢見ている。
つかさが僕を好きなら、向こうから告白してくるかもしれない、待っていればいい。今は耐える時だと。
でもそれじゃあダメだってわかってる。
勇気を叩き起こして踏み出そう。今の関係から一歩。そうしたらどうなるか。わかる。わかるが、いや、今となりにつかさがいる状態ではっきりわかるのは危険だ。歩けなくなるかもしれない。
高校生活が凄まじい青春になる事は確かだ。
今日だ、今日告白しよう。絶対にしよう。
入学式が終わったら、一緒に帰る。
その時に。
*
血が飛び散る。
大きな音が響く。
悲鳴がいくつも上がる。
生徒たちが逃げ惑う。
警察をと教師が叫び、『インター』をと別の教師が叫ぶ。
例年通りだった入学式は恐慌に落ちた。
取り残されたのは立ち尽くす葦野孝也と、血まみれで倒れている新道つかさだけだった。
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